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3. 望まぬ結婚 side.マリウス
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マリウスはディーツェル商会の会長であるエグモント・ディーツェルの一人息子だ。
ディーツェル商会は元々、魔具の注文作成や修理の請け負いを行う小さな店であったらしい。マリウスの曾祖父が商才に長けた人物で、魔具の顧客相手に小物を売る商売を始め、それが当たった。今やこの町で、ディーツェル商会の名を知らぬ者はいないだろう。
その跡継ぎであるマリウスは、それはもう大切に育てられた。学校を卒業した後は、魔具製造開発部門を任された。多角経営になったとはいえ、魔具製造がディーツェル商会の主戦力であることに変わりはない。次の商会長である彼が、主力部門を任されたのは当然のことである。
部門長に就任し意気揚々と仕事に取り組もうとしたマリウスだったが、すぐに職場で居心地の悪さを感じることとなった。
魔具師のほとんどは生粋の技術者である。マリウスも魔具に関する知識はあるが、あくまで基礎レベルであり、学校で専攻していたのは経営学だ。
彼らはとにかく研究が命!というタイプが多く、専門用語を早口で羅列されるのでマリウスには何を話しているのかさっぱり分からない。そしてそういう者は得てして身だしなみにあまり構わず、下手をすると数日同じ服を着てくる事もある。
それなりに見目が良いことを自覚しているマリウスは、服装にも気を使っている。彼にとって、魔具師たちは根本的に違う世界の住人のように感じられた。
部下には少ないながら女性もおり、男性に比べれば身綺麗にはしているものの、地味で化粧もロクにしていない者ばかりである。だがそこに一人だけ、マリウスの目を引く女性がいた。それがアメリアだった。
彼女はいつも小洒落た服を着ており、きっちり化粧をしている。背筋をシャキンと伸ばし堂々とした佇まいとハキハキした喋り方で、いかにも仕事の出来る女性という印象を受けた。
開発部門では定期的に新商品の案を集めたコンペを開催する。長々と意味の分からない説明をする者たちと違って、彼女の説明は明瞭でとても分かり易かった。
アメリアが提案したのは、火の魔石を使った小型ポットだ。女性でも扱えるように軽く、そして安全性も考慮した優れものである。
女性らしい細やかな視点だと、マリウスは感心した。彼女の案を採用して売り出したところ、人気商品となった。安全性が高くて子供のいる家でも安心だと、平民の主婦層に評判だったらしい。
マリウスは彼女ともっと話したくて、アメリアを食事に誘った。
「私の案を採用していただいて、本当にありがとうございました」
「礼を言いたいのはこっちだ。おかげでうちの部門は今期の利益目標を達成できそうだ。今日は奢るよ」
「嬉しいです。私、他にもいっぱい作りたい物があるんです!」
目をきらきらさせて語るアメリアを、マリウスは本当に可愛いと思った。それから二人が恋仲になるのに時間は掛からなかった。
アメリアはその後も次々と新しい魔具を提案し、どれも人気商品となった。
彼女くらい才能ある女性なら、商会長の妻に申し分ない。
マリウスはアメリアと結婚したい旨を両親に話したが、エグモントに一蹴された。「お前は貴族の娘と結婚するんだ。平民の女など別れろ」と取り付く島もない。
ディーツェル商会の主力は平民向けの安価な商品だが、最近は貴族層向けの高価な商品も打ち出すようになった。薄利多売の平民向けと違って貴族向けは利益率が高いため、エグモントはそこへ喰い込みたいらしい。
貴族は社交界での繋がりがある。だから息子へ貴族の令嬢を娶らせ、その人脈を活用するつもりなのだ。
息子の気持ちを無視した勝手なやり方に、マリウスは腹を立てていた。とはいえ今のマリウスはいち部門長に過ぎず、父親の手の平の上にいる。家を出ようにも、彼は商人以外の生き方を知らない。
そうこうするうちに、エグモントはハイムゼート男爵家との縁談を進めてしまったのである。無理矢理連れて行かれた男爵家でマリウスはカタリナと話をしたが、何を聞いてもニコニコとして「あらまあ」と答える彼女に失望した。
やはり貴族のお嬢様だ。アメリアのように、自分の力で生き抜いていこうという強さが無い。こんな女に、商会長の妻が務まるわけはないとマリウスは思う。
マリウスの縁談を知ったアメリアは「他の女性と結婚する貴方を見るのは辛い、商会を辞める」と泣いた。
彼女と別れたくないマリウスは、賢明に彼女を宥めた。その男爵令嬢とは二年経ったら別れる。その間に、新しい魔具を開発して両親を納得させるだけの業績を上げよう。何なら、それを持って独立してもいい、と。
それでようやくアメリアは納得してくれた。ただし、妻と同衾はしないという条件付きで。
それからは、アメリアの事は諦めた振りをした。親がそうしろと言うので、カタリナにはちょくちょく贈り物をした。ちなみに金を出したのは父親であるため、マリウスの懐は全く痛んでいない。
さらに結婚するにあたってしばらくは二人で新婚生活を楽しみたいと嘘を吐き、親に別邸を用意して貰った。実家にいると、妻と同じ寝室で寝ていない事がバレてしまうからだ。
結婚式を終えた後に契約結婚の話をしたところ、カタリナは大人しく契約書に署名した。ごねられるかと警戒していたマリウスは拍子抜けしたくらいだ。
もしかすると、この女は少し頭が弱いのかもしれないな。
父の見る目の無さに呆れたが、逆に好都合だとマリウスは思い直した。
ディーツェル商会は元々、魔具の注文作成や修理の請け負いを行う小さな店であったらしい。マリウスの曾祖父が商才に長けた人物で、魔具の顧客相手に小物を売る商売を始め、それが当たった。今やこの町で、ディーツェル商会の名を知らぬ者はいないだろう。
その跡継ぎであるマリウスは、それはもう大切に育てられた。学校を卒業した後は、魔具製造開発部門を任された。多角経営になったとはいえ、魔具製造がディーツェル商会の主戦力であることに変わりはない。次の商会長である彼が、主力部門を任されたのは当然のことである。
部門長に就任し意気揚々と仕事に取り組もうとしたマリウスだったが、すぐに職場で居心地の悪さを感じることとなった。
魔具師のほとんどは生粋の技術者である。マリウスも魔具に関する知識はあるが、あくまで基礎レベルであり、学校で専攻していたのは経営学だ。
彼らはとにかく研究が命!というタイプが多く、専門用語を早口で羅列されるのでマリウスには何を話しているのかさっぱり分からない。そしてそういう者は得てして身だしなみにあまり構わず、下手をすると数日同じ服を着てくる事もある。
それなりに見目が良いことを自覚しているマリウスは、服装にも気を使っている。彼にとって、魔具師たちは根本的に違う世界の住人のように感じられた。
部下には少ないながら女性もおり、男性に比べれば身綺麗にはしているものの、地味で化粧もロクにしていない者ばかりである。だがそこに一人だけ、マリウスの目を引く女性がいた。それがアメリアだった。
彼女はいつも小洒落た服を着ており、きっちり化粧をしている。背筋をシャキンと伸ばし堂々とした佇まいとハキハキした喋り方で、いかにも仕事の出来る女性という印象を受けた。
開発部門では定期的に新商品の案を集めたコンペを開催する。長々と意味の分からない説明をする者たちと違って、彼女の説明は明瞭でとても分かり易かった。
アメリアが提案したのは、火の魔石を使った小型ポットだ。女性でも扱えるように軽く、そして安全性も考慮した優れものである。
女性らしい細やかな視点だと、マリウスは感心した。彼女の案を採用して売り出したところ、人気商品となった。安全性が高くて子供のいる家でも安心だと、平民の主婦層に評判だったらしい。
マリウスは彼女ともっと話したくて、アメリアを食事に誘った。
「私の案を採用していただいて、本当にありがとうございました」
「礼を言いたいのはこっちだ。おかげでうちの部門は今期の利益目標を達成できそうだ。今日は奢るよ」
「嬉しいです。私、他にもいっぱい作りたい物があるんです!」
目をきらきらさせて語るアメリアを、マリウスは本当に可愛いと思った。それから二人が恋仲になるのに時間は掛からなかった。
アメリアはその後も次々と新しい魔具を提案し、どれも人気商品となった。
彼女くらい才能ある女性なら、商会長の妻に申し分ない。
マリウスはアメリアと結婚したい旨を両親に話したが、エグモントに一蹴された。「お前は貴族の娘と結婚するんだ。平民の女など別れろ」と取り付く島もない。
ディーツェル商会の主力は平民向けの安価な商品だが、最近は貴族層向けの高価な商品も打ち出すようになった。薄利多売の平民向けと違って貴族向けは利益率が高いため、エグモントはそこへ喰い込みたいらしい。
貴族は社交界での繋がりがある。だから息子へ貴族の令嬢を娶らせ、その人脈を活用するつもりなのだ。
息子の気持ちを無視した勝手なやり方に、マリウスは腹を立てていた。とはいえ今のマリウスはいち部門長に過ぎず、父親の手の平の上にいる。家を出ようにも、彼は商人以外の生き方を知らない。
そうこうするうちに、エグモントはハイムゼート男爵家との縁談を進めてしまったのである。無理矢理連れて行かれた男爵家でマリウスはカタリナと話をしたが、何を聞いてもニコニコとして「あらまあ」と答える彼女に失望した。
やはり貴族のお嬢様だ。アメリアのように、自分の力で生き抜いていこうという強さが無い。こんな女に、商会長の妻が務まるわけはないとマリウスは思う。
マリウスの縁談を知ったアメリアは「他の女性と結婚する貴方を見るのは辛い、商会を辞める」と泣いた。
彼女と別れたくないマリウスは、賢明に彼女を宥めた。その男爵令嬢とは二年経ったら別れる。その間に、新しい魔具を開発して両親を納得させるだけの業績を上げよう。何なら、それを持って独立してもいい、と。
それでようやくアメリアは納得してくれた。ただし、妻と同衾はしないという条件付きで。
それからは、アメリアの事は諦めた振りをした。親がそうしろと言うので、カタリナにはちょくちょく贈り物をした。ちなみに金を出したのは父親であるため、マリウスの懐は全く痛んでいない。
さらに結婚するにあたってしばらくは二人で新婚生活を楽しみたいと嘘を吐き、親に別邸を用意して貰った。実家にいると、妻と同じ寝室で寝ていない事がバレてしまうからだ。
結婚式を終えた後に契約結婚の話をしたところ、カタリナは大人しく契約書に署名した。ごねられるかと警戒していたマリウスは拍子抜けしたくらいだ。
もしかすると、この女は少し頭が弱いのかもしれないな。
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