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7. 危機的状況
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「ルーファス様。旦那様からご連絡がございました。だいぶ体調が良くなったので、一度本邸へ顔を出されるそうです」
「……そうか。それは良かった」
ちっともよろしくない表情のルーファスが答えた。
執務机の横には書類が山のように積まれている。既に期限を一ヶ月近く過ぎているものもあった。
「何でこんなに仕事が多いんだ……!」
そう愚痴りつつ、彼にも理由は分かっている。今までは父親が、父親が倒れてからはアデラインが執務の大半を担っていたからである。
アシュバートン侯爵がこの状況を見れば雷が落ちるだろう。それに、アデラインは父のお気に入りだ。彼女を追い出したことを知れば、怒りに火を注ぐであろうことは想像に難くない。
心配事はさらにある。ここのところ財政状況が良くないのだ。
結婚の準備と称して、ルーファスとクリスティーナが散々豪遊したからである。アデラインがいれば浪費に苦言を呈してただろうが、うるさい父もアデラインもいない今、二人はやりたい放題だった。収入より出費の方が上回っていたことに気づいたときには、侯爵家の財政は逼迫していた。
(それもこれも、アデラインのせいだ……)
アデラインが大人しく侯爵家に残れば、執務が溜まることもなかったし、父に怒られる心配もなかったはずだ。商人なんかに使われて貴族としての矜持はないのか、あの女は。
自分の愚かさを棚に上げ、ルーファスは心の中で元婚約者を罵った。
「やはりアデラインを呼び戻そう」
あいつは今の生活が気に入ってると言っていたかが、どうせ強がりだろう。平民として地に這いつくばった生活をするより、侯爵家にいる方が良いに決まっている。
そうだ。仕事が溜まっているのも、財政難も全部あの女のせいにしよう。そうすれば父の怒りはアデラインへ向くはずだ。
素直に戻ってきたら、妾くらいにはしてやってもいい。あんな地味な女を抱くのは気が進まないが、一晩だけ可愛がってやれば逃げる気も無くすだろう。
端から見れば粗だらけの計画だが、上手くいくと信じているルーファスはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
◆ ◆
「何これ!?ふざけないで!」
アシュバートン侯爵家から届いた手紙を、アデラインは床へ叩きつけた。
そこにはアデラインに今すぐ侯爵家へ戻ること、そうすれば第二夫人にしてやってもよいこと。そしてアデラインが今まで商会で稼いだ金は持参金として持ってくるようにと書いてあった。
「戻ってこいというのはまだ分かるとして。最後の条件はなんだ?アシュバートン侯爵家は最近金払いが良くないと聞いているが……。もしや相当金に困っているのか?」
「侯爵家の収入からすれば、私のお給料なんて雀の涙ですよ。思うに、私を一文無しにして置きたいんじゃないでしょうか。お金を持っていたら逃げ出し易いですから」
「ふうむ……」
スタンリーはしばらく考え込んだ後、アデラインの顔をじっと見た。
「念のため聞くが。アデラインはアシュバートン侯爵令息の元へ戻りたいと思っているのか?」
「いいえ、全く」
これっぽっちも思っていませんという答えを聞いたスタンリーがホッとしたような表情を浮かべた。その様子を、クライドが生温かい視線で眺めている。
「ならば、俺から返事を出しておこう」
「いえ、私事で支部長のお手を煩わせるわけには」
「部下を守るのも、上に立つ者の務めだ。いいから任せておきなさい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「お前んとこ、アシュバートン侯爵家に何かやらかしたのか?」
ふらりとハズウェル商会を訪れたダリルが、単刀直入に切り込んできた。彼はちょくちょくここにやってきて、スタンリーやクライドと茶飲み話をしていく。商会ギルド長と商会長を兼任する彼が暇なはずはないと思っていたが、商会の方はほとんど息子に任せているらしい。ダリル自身は見回りという体でギルド配下の商会を訪れて、情報を仕入れているのだ。
「あー。まあ、色々と」
「商会ギルドに、ハズウェル商会との取引を切るようにって言ってきたぜ。断っておいたけどな」
「それは……申し訳有りません」
「構わんさ。お貴族様だって、おれたち商人がいなくちゃ生活できないんだからな!」
ガハハと笑ってダリルは帰って行った。
貴族といえども、食料や日用品は商人から購入しなければならない。それに、自領の産物の売り買いだって、商人がいなけりゃ出来ないのだ。
そこはアシュバートン侯爵令息も理解しているだろう。
そう考えて安心していたのも束の間。
複数の下位貴族から、突然取引を打ち切るとの連絡がきた。どこもアシュバートン侯爵家の派閥の貴族だ。ルーファスが手を回したのだ。
さらには資材を購入していた幾つかの商会からも「申し訳ないが、取引は今回で最後にしてくれ」と言われた。商会ギルド全体ならともかく、末端の商会はそこまで強気には出られず、ハズウェル商会とのつきあいを切る方を選んだのである。
「……そうか。それは良かった」
ちっともよろしくない表情のルーファスが答えた。
執務机の横には書類が山のように積まれている。既に期限を一ヶ月近く過ぎているものもあった。
「何でこんなに仕事が多いんだ……!」
そう愚痴りつつ、彼にも理由は分かっている。今までは父親が、父親が倒れてからはアデラインが執務の大半を担っていたからである。
アシュバートン侯爵がこの状況を見れば雷が落ちるだろう。それに、アデラインは父のお気に入りだ。彼女を追い出したことを知れば、怒りに火を注ぐであろうことは想像に難くない。
心配事はさらにある。ここのところ財政状況が良くないのだ。
結婚の準備と称して、ルーファスとクリスティーナが散々豪遊したからである。アデラインがいれば浪費に苦言を呈してただろうが、うるさい父もアデラインもいない今、二人はやりたい放題だった。収入より出費の方が上回っていたことに気づいたときには、侯爵家の財政は逼迫していた。
(それもこれも、アデラインのせいだ……)
アデラインが大人しく侯爵家に残れば、執務が溜まることもなかったし、父に怒られる心配もなかったはずだ。商人なんかに使われて貴族としての矜持はないのか、あの女は。
自分の愚かさを棚に上げ、ルーファスは心の中で元婚約者を罵った。
「やはりアデラインを呼び戻そう」
あいつは今の生活が気に入ってると言っていたかが、どうせ強がりだろう。平民として地に這いつくばった生活をするより、侯爵家にいる方が良いに決まっている。
そうだ。仕事が溜まっているのも、財政難も全部あの女のせいにしよう。そうすれば父の怒りはアデラインへ向くはずだ。
素直に戻ってきたら、妾くらいにはしてやってもいい。あんな地味な女を抱くのは気が進まないが、一晩だけ可愛がってやれば逃げる気も無くすだろう。
端から見れば粗だらけの計画だが、上手くいくと信じているルーファスはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
◆ ◆
「何これ!?ふざけないで!」
アシュバートン侯爵家から届いた手紙を、アデラインは床へ叩きつけた。
そこにはアデラインに今すぐ侯爵家へ戻ること、そうすれば第二夫人にしてやってもよいこと。そしてアデラインが今まで商会で稼いだ金は持参金として持ってくるようにと書いてあった。
「戻ってこいというのはまだ分かるとして。最後の条件はなんだ?アシュバートン侯爵家は最近金払いが良くないと聞いているが……。もしや相当金に困っているのか?」
「侯爵家の収入からすれば、私のお給料なんて雀の涙ですよ。思うに、私を一文無しにして置きたいんじゃないでしょうか。お金を持っていたら逃げ出し易いですから」
「ふうむ……」
スタンリーはしばらく考え込んだ後、アデラインの顔をじっと見た。
「念のため聞くが。アデラインはアシュバートン侯爵令息の元へ戻りたいと思っているのか?」
「いいえ、全く」
これっぽっちも思っていませんという答えを聞いたスタンリーがホッとしたような表情を浮かべた。その様子を、クライドが生温かい視線で眺めている。
「ならば、俺から返事を出しておこう」
「いえ、私事で支部長のお手を煩わせるわけには」
「部下を守るのも、上に立つ者の務めだ。いいから任せておきなさい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「お前んとこ、アシュバートン侯爵家に何かやらかしたのか?」
ふらりとハズウェル商会を訪れたダリルが、単刀直入に切り込んできた。彼はちょくちょくここにやってきて、スタンリーやクライドと茶飲み話をしていく。商会ギルド長と商会長を兼任する彼が暇なはずはないと思っていたが、商会の方はほとんど息子に任せているらしい。ダリル自身は見回りという体でギルド配下の商会を訪れて、情報を仕入れているのだ。
「あー。まあ、色々と」
「商会ギルドに、ハズウェル商会との取引を切るようにって言ってきたぜ。断っておいたけどな」
「それは……申し訳有りません」
「構わんさ。お貴族様だって、おれたち商人がいなくちゃ生活できないんだからな!」
ガハハと笑ってダリルは帰って行った。
貴族といえども、食料や日用品は商人から購入しなければならない。それに、自領の産物の売り買いだって、商人がいなけりゃ出来ないのだ。
そこはアシュバートン侯爵令息も理解しているだろう。
そう考えて安心していたのも束の間。
複数の下位貴族から、突然取引を打ち切るとの連絡がきた。どこもアシュバートン侯爵家の派閥の貴族だ。ルーファスが手を回したのだ。
さらには資材を購入していた幾つかの商会からも「申し訳ないが、取引は今回で最後にしてくれ」と言われた。商会ギルド全体ならともかく、末端の商会はそこまで強気には出られず、ハズウェル商会とのつきあいを切る方を選んだのである。
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