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4. 元婚約者からの呼び出し

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 アシュバートン侯爵家からハズウェル商会へお呼びがかかったのは、それからしばらく後のことだった。しかもアデラインを共に連れてこいというお達し付きである。

(侯爵家には専属の商会があるはず。わざわざ私たちをご指名なんて、嫌な予感しかしないわね)

 アシュバートン家を訪れたスタンリーとアデラインを出迎えたのは、執事のデリックだった。

「お久しぶりですね、アデライン様」
「ご無沙汰しております、デリック様」
 
 久々に会った彼は、何だか疲れている様子だった。よく見ると目の下に隈が出来ている。

「貴方がいなくなったおかげで、執務が滞っているんです。ファレル子爵令嬢ともあろう方が、ご当主に目を掛けて頂いた恩を忘れて逃げ出すとは思いませんでしたよ」
「まあ、デリック様。ルーファス様はどうなさってるんです?」

 デリックの厭味に対してにこやかな顔で返すアデライン。そもそも、執務は当主代行であるルーファスの仕事だ。怒りを彼女へぶつけるのは筋違いというものである。
 アデラインが侯爵邸にいる間、この執事はルーファスと同様に彼女をこき使っていた。それを当然と思っている節もある。今でも八つ当たりをして良い相手と思っているらしい。

「ルーファス様も色々とお忙しいのです。婚約者の貴方が、それをお支えするのが当然でしょう」
「私は婚約破棄された身です。それはクリスティーナ様へ仰るべきでは?私と違って由緒正しい血を引く彼女なら、執務などすぐに覚えると思いますわ」

 痛いところを疲れたデリックが押し黙る。クリスティーナに執務を代替わりするような能力が無いことくらい、彼も分かっているのだ。

 
 たっぷり1時間近く待たされた後、ようやくルーファスが顔を出した。待たせたことを悪いとは全く思っていない鷹揚な態度で、謝罪の言葉も無い。
 変わらないわね、と内心思うアデラインだった。

「アデライン。商会なんぞに勤めているそうだな?子爵令嬢ともあろう者が落ちぶれたものだ。平民の暮らしは辛いだろう。頭を下げて戻って来るなら、許してやってもいいぞ」

 ふふん、と優越感を込めた顔で見てくるルーファスにカチンと来たが、顔には出さない。

「いえ、今の暮らしはとても気に入ってます。商会の仕事は働きがいがありますし、ちゃんとお給金ももらえますから」
「そうそう。アデラインは今や我が商会に無くてはならない人材です。引き抜きは困りますよ」

 それを聞いてこれみよがしにチッと舌打ちをした後、ルーファスが続けた。

「最近流行ってる香り付き扇、お前のところの商会で開発したんだってな。それを持ってこい。そうだな、50個は欲しい。来月、俺とクリスティーナの婚約披露パーティがある。そこで配るんだ」
「50個ですか。それは豪儀ですねえ。誠にありがとうございます。100ベルになりますが、お支払いについては執事さんとお話させて頂けば宜しいでしょうか」
「50ベルにしろ」
「いくら何でもそれはないです、ルーファス様」

 値切るにしても、半額は無い。助手が商談に口を出すのは禁じられているが、アデラインは思わず口を挟んだ。

「お前、俺やクリスティーナの悪口をばら撒いたそうじゃないか。侯爵家から正式に抗議を出しても良いんだぞ」

 醜聞をばら撒いたというのならその通りである。本当の事しか喋ってないが。
 
「半額にするなら許してやる。だいたい、お前の妹の婚約披露パーティなんだぞ。祝儀の代わりだと思え」
「そんな……」

 50ベルくらいの金額を侯爵家が払えないわけはない。これはアデラインへの嫌がらせだ。

「分かりました。商会からルーファス様への婚約祝いということで、今回だけ半額としましょう。品は月末までの納入をお約束致します」
「さすがに商会長は話が分かるな。アデライン、お前も見習え。スタンリーと言ったか?この女は生意気だから大変だろうが、これからもよく躾けてくれ」


「申し訳ありません、スタンリーさん。私のせいで」
「構わないよ。これで在庫を一掃できるじゃないか」
 
 帰り道で平謝りするアデラインに、スタンリーは涼しい顔でそう答えた。

「あ……なるほど」

 実は、来月から香り付き扇の新作を売り出すことになっていたのだ。布をレース素材にして透けて見えるようにした。間に押し花などを挟むことで、扇を自由に飾り付けられるというものである。
 そうなると古いタイプの扇は売れなくなってしまう。半額でも在庫が売れるなら万々歳というわけだ。
 
 新作の扇はこれまた売れた。ご婦人たちは押し花や絵を挟み、自らの美的感覚を競い合った。中には推し芝居俳優の絵姿を忍ばせているご婦人もいるらしい。

 
◆ ◆


「ルーファス様ぁ~。酷いのよう」

 公爵家のお茶会へ呼ばれていたクリスティーナが帰ってくるなりルーファスへ泣きついた。
 参加者の中には二人の婚約披露パーティに参加したご令嬢もいたが、配った扇を持っている者は誰もいなかったらしい。令嬢のほとんどは新しいタイプの香り付き扇を購入していたのだ。
 クリスティーナに対して「あら、アシュバートン侯爵家はハズウェル商会とお取引なさってないのかしら?ああ、そうでしたわね。アシュバートン侯爵令息の元婚約者がお勤めになっているのでしたわねえ」と厭味を言ってくる令嬢もいたという。

「よしよし、泣くんじゃない。新しい扇でもドレスでも買ってやるから」

 クリスティーナを抱き寄せて撫でつつも、ルーファスはどこか面倒臭さを感じていた。アデラインと婚約していた頃は、クリスティーナに対してこんな感情を持ったことはなかったのに。

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