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4. 身勝手な理想 side. エルネスト
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「マリアンヌはまだ見つからないのか!?」
緩いウェーブを描く金の髪と深い海のような蒼い瞳を持つ青年――エルネスト・セルヴァン伯爵は頭を抱えた。
エルネストは自分が優秀な人間であると自負している。
学院時代はトップの成績で、卒業後は名宰相と名高いオーバン・ルヴァリエ宰相の執務室へ入った。そこでも着実に実績を上げ、今ではオーバン宰相の補佐官の一人として重用されている。
一方で女性関係はあまり、というかほとんど無かった。整った顔立ちで、しかも宰相の覚えが目出度いとあって言い寄ってくる女性は多い。
だが彼にとって、女は煩わしい存在でしかなかった。
婚約者がいたこともあるが、ああしろこうしろと要求ばかりしてくるのでうんざりして婚約を解消した。実際は「忙しいのは分かるが、たまには時間を作ってくれないか」「手紙の返事くらい出してくれてもいいのではないか」という、ごくごく常識的な指摘であり、うんざりしていたのは先方も同じだったのだが。
気まぐれに手を出した女性もいたが、すぐ図に乗って高価な物をねだるので別れた。あんなものに関わっているくらいなら、仕事へ打ち込んでいたほうがいい。
仕事は好きだ。やればやるほど、目に見える形で成果が戻ってくる。自分はこの国のために働いているのだという自負もある。
だから遮二無二に打ち込んだ。忙しい時は王宮に泊まり込むことも多い。結婚のことはあまり考えないようにしていた。
ところが、父であるセルヴァン伯爵が病に倒れた。幸い命に別状は無かったが気候の良い領地で静養することになり、エルネストが伯爵位を継ぐことになった。
流石に当主となれば妻は必要だ。縁談の話はたくさん届いていたので、すぐに決まるだろうと思っていたエルネスト。だが顔合わせをした全ての令嬢に断られてしまった。忙しい合間を縫って夜会に出席して令嬢たちに声をかけたが、やはりうまくいかない。
エルネストは、上司であるルヴァリエ宰相に憧れている。
宰相の妻は嫋やかで物静かな夫人だ。激務でなかなか帰れない自分をいつも労ってくれると、宰相はよく語っていた。家のことも領地のことも、全て彼女が担っているらしい。
急にエルネストを含む部下を連れて帰り、もてなしをさせたこともある。嫌な顔ひとつせずにこやかに対応する夫人に、エルネストは感銘を受けた。
自分の理想はあのような夫婦だ。
「妻というものは、常に夫の命に従うべきだ。決して前に出ず、夫の後ろを付いてくるくらいがちょうど良い」と話すと、令嬢たちは顔を引き攣らせながら去っていく。
だけど、マリアンヌだけは違った。
地味なドレスを着た彼女を、最初は垢抜けない女だと思った。だがマリアンヌはエルネストの持論をニコニコと頷きながら聞いてくれた。
よく見れば容姿もかなり良い。おっとりとしたしゃべり方や、それでいて理知的なところも好みだ。
この女性となら、うまくやっていけそうだ。
そう思ったエルネストは、すぐにオベール子爵家へ結婚を申し込んだ。幸い、子爵も乗り気なようで縁談はすぐにまとまった。
結婚に際して身辺を綺麗にするべく、エルネストは愛人のロクサーヌへ別れを告げた。
ロクサーヌは酒場の女給だ。向こうから声を掛けてきたのでなんとなく手を出してしまったが、元より平民の彼女を妻とするつもりはない。
向こうも遊びだということは分かっているだろう。幾ばくかの金を渡せば納得するに違いない。
だがエルネストの予想に反して、ロクサーヌは絶対に別れないとごねた。しかもお腹には貴方の子がいると言い出したのだ。
私達を放り出すのなら、貴方の所業を新聞社へ持ち込むとまで言い出した。
そんなことになれば、せっかく纏まった結婚がダメになるかもしれない。それに、今は鉄道路線を広げるという重要な事業に中核として携わっているのだ。これに成功を収めれば、補佐官筆頭の地位は固いと囁かれている。
こんな大事な時期に、醜聞を広められては困るのだ。
エルネストは渋々だが小さな家を借り、子供が産まれるまでロクサーヌを囲うことにした。
彼女が身重の間だけ。子供が生まれて落ち着いたら、今度こそ別れるつもりだった。
そもそも、本当に自分の子供かどうかも疑わしい。
生まれた子供が自分に似ていなければ、親子ともども追い出そう。もし似ていたら……乳児院に送るか、子供のいない下位貴族に渡せばいい。
緩いウェーブを描く金の髪と深い海のような蒼い瞳を持つ青年――エルネスト・セルヴァン伯爵は頭を抱えた。
エルネストは自分が優秀な人間であると自負している。
学院時代はトップの成績で、卒業後は名宰相と名高いオーバン・ルヴァリエ宰相の執務室へ入った。そこでも着実に実績を上げ、今ではオーバン宰相の補佐官の一人として重用されている。
一方で女性関係はあまり、というかほとんど無かった。整った顔立ちで、しかも宰相の覚えが目出度いとあって言い寄ってくる女性は多い。
だが彼にとって、女は煩わしい存在でしかなかった。
婚約者がいたこともあるが、ああしろこうしろと要求ばかりしてくるのでうんざりして婚約を解消した。実際は「忙しいのは分かるが、たまには時間を作ってくれないか」「手紙の返事くらい出してくれてもいいのではないか」という、ごくごく常識的な指摘であり、うんざりしていたのは先方も同じだったのだが。
気まぐれに手を出した女性もいたが、すぐ図に乗って高価な物をねだるので別れた。あんなものに関わっているくらいなら、仕事へ打ち込んでいたほうがいい。
仕事は好きだ。やればやるほど、目に見える形で成果が戻ってくる。自分はこの国のために働いているのだという自負もある。
だから遮二無二に打ち込んだ。忙しい時は王宮に泊まり込むことも多い。結婚のことはあまり考えないようにしていた。
ところが、父であるセルヴァン伯爵が病に倒れた。幸い命に別状は無かったが気候の良い領地で静養することになり、エルネストが伯爵位を継ぐことになった。
流石に当主となれば妻は必要だ。縁談の話はたくさん届いていたので、すぐに決まるだろうと思っていたエルネスト。だが顔合わせをした全ての令嬢に断られてしまった。忙しい合間を縫って夜会に出席して令嬢たちに声をかけたが、やはりうまくいかない。
エルネストは、上司であるルヴァリエ宰相に憧れている。
宰相の妻は嫋やかで物静かな夫人だ。激務でなかなか帰れない自分をいつも労ってくれると、宰相はよく語っていた。家のことも領地のことも、全て彼女が担っているらしい。
急にエルネストを含む部下を連れて帰り、もてなしをさせたこともある。嫌な顔ひとつせずにこやかに対応する夫人に、エルネストは感銘を受けた。
自分の理想はあのような夫婦だ。
「妻というものは、常に夫の命に従うべきだ。決して前に出ず、夫の後ろを付いてくるくらいがちょうど良い」と話すと、令嬢たちは顔を引き攣らせながら去っていく。
だけど、マリアンヌだけは違った。
地味なドレスを着た彼女を、最初は垢抜けない女だと思った。だがマリアンヌはエルネストの持論をニコニコと頷きながら聞いてくれた。
よく見れば容姿もかなり良い。おっとりとしたしゃべり方や、それでいて理知的なところも好みだ。
この女性となら、うまくやっていけそうだ。
そう思ったエルネストは、すぐにオベール子爵家へ結婚を申し込んだ。幸い、子爵も乗り気なようで縁談はすぐにまとまった。
結婚に際して身辺を綺麗にするべく、エルネストは愛人のロクサーヌへ別れを告げた。
ロクサーヌは酒場の女給だ。向こうから声を掛けてきたのでなんとなく手を出してしまったが、元より平民の彼女を妻とするつもりはない。
向こうも遊びだということは分かっているだろう。幾ばくかの金を渡せば納得するに違いない。
だがエルネストの予想に反して、ロクサーヌは絶対に別れないとごねた。しかもお腹には貴方の子がいると言い出したのだ。
私達を放り出すのなら、貴方の所業を新聞社へ持ち込むとまで言い出した。
そんなことになれば、せっかく纏まった結婚がダメになるかもしれない。それに、今は鉄道路線を広げるという重要な事業に中核として携わっているのだ。これに成功を収めれば、補佐官筆頭の地位は固いと囁かれている。
こんな大事な時期に、醜聞を広められては困るのだ。
エルネストは渋々だが小さな家を借り、子供が産まれるまでロクサーヌを囲うことにした。
彼女が身重の間だけ。子供が生まれて落ち着いたら、今度こそ別れるつもりだった。
そもそも、本当に自分の子供かどうかも疑わしい。
生まれた子供が自分に似ていなければ、親子ともども追い出そう。もし似ていたら……乳児院に送るか、子供のいない下位貴族に渡せばいい。
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