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第一章 花嫁試験編
14. ローブ・コンクール(girl's side)(1)
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話は前日に遡る。実家から新茶が送られてきたというディアナに誘われ、アレクサンドラはお茶会に参加していた。
「フェリは今度の試験用のドレスも自分で仕立てたんですの?」
「ああ、今回は会心の出来だ。楽しみにしててくれよ。アレクは?」
「勿論、我が家の御用達職人に新しいドレスを依頼してありますわ」
自然と次の試験の話になる。普段は試験にあまりやる気を見せないフェリーチェも、今回ばかりは闘志満々だ。そんな二人を、ディアナは黙って眺めている。
「ディアはどうなんだ?」
「うちは、新しいドレスを仕立てる余裕がなくて……。母のお下がりを仕立て直したものを持ってきたんです」
アレクサンドラとフェリーチェは顔を見合わせた。ここぞとばかりに新しい衣装を用意する令嬢たちの中では、かなり浮いてしまうだろう。それはディアナも分かっているようだ。どうりで元気がない。
フェリーチェがそのドレスを見たいというので、ディアナの侍女ケイリーに衣装棚を開けてもらった。
「これは……ずいぶん古い型ですわね」
「シュミーズタイプの裾なんて久々に見たな。母様の若い頃に流行ってたとは聞いたことあるけど」
「奥様が独身の頃お召しになっていたもの、と聞いております。お嬢様には、クリノリンタイプの方がお似合いになると思うのですが……」
「アタシのドレスを貸してもいいんだけど、サイズがなあ」
そもそも、自分の身体に合わせて仕立てたドレスなのだ。他の者が着ても身体に合わないだろう。
「アクセサリーならお貸ししても構いませんが、ドレスは厳しいですわねえ」とアレクサンドラが思案していると、フェリーチェが衣装棚をゴソゴソと漁り始めた。
「なあ、ディア。このジャケット、ほどいてもいいか?」
「え、ええ。構いませんが……」
「どうするのです?」
「このジャケットをドレスの上に着るんだ。腰回りを絞って、あとは襟を付ければいい感じになりそうだろ?ちょっと待ってな」
いったん出て行ったフェリーチェだが、すぐに侍女のヴァネッサを伴って戻ってきた。ヴァネッサは裁縫箱と大量の布を抱えている。
唖然とするディアナとアレクサンドラを傍目にフェリーチェは布を次々と取り出し、考え込む。しばらくして「よし、こいつが良さそうだ」と薄めの白い布を選び出した。
「どこに付けますの?」
「襟と、袖周りだな。あとはドレスの裾にも」
「ふむふむ」
「ようし、始めるぞ」裁縫道具を取り出した彼女を見て、ディアナとその侍女が慌てて止めた。
「伯爵家のお嬢様にそのようなことをさせる訳には……!」
「フェリ様、あとはこちらでやりますから」
「いいや、アタシがやるよ。デザインから縫製までトータルサポート、がアウティエリの流儀だからな」
「うちのお嬢様は言い出したら聞きませんの。どうか、やらせて下さいませ」
ニコニコしながらフォローを入れるヴァネッサからは、有無を言わさない圧を感じる。二人は大人しく引き下がった。
「随分親切なのですね」
「ディアみたいな若くて可愛い娘が古臭いドレスをまとってるなんて、アタシのデザイナー魂が許さないんだよ」
アレクサンドラには良く分からないが、これが職人気質というものなのかもしれない。
「そういうことでしたら私も手伝いましょう」
「無理して付き合わなくてもいいんだぜ」
「デュヴィラール侯爵家の娘たるもの、裁縫くらい心得ています。それに、アウティエリの縫製技術を是非見てみたいですわ」
フェリーチェの指示によりヴァネッサとケイリーは採寸、アレクサンドラとキャスはジャケットをほどき始めた。布を傷めないよう丁寧に糸をほどくのは骨が折れる。そもそも着古した衣類など利用した事が無い。なかなか得難い体験だとアレクサンドラは思った。
一方で、フェリーチェは広げた布に印を付けて手際よく裁断していく。はさみが滑るように通り過ぎた後は、思い通りの形に切り取られた布が出来上がった。
「スピーディなのですね。感心しました」
「モタモタしてたら布がよれちまうからな。裁断は思い切りだ、って母様に教わった」
「勉強になりますわ」
仮縫いが一通り終わったところでいったん夕食をとり、作業を再開した。ジャケットの本縫いはフェリーチェと侍女たちに任せ、アレクサンドラとディアナはドレスの裾を縫う。
数時間経った頃、扉がノックされた。対応したケイリーが何やらお礼を述べている。戻ってきた彼女は手に籠を持っていた。
「どなたでしたか?」
「ジョゼフィーヌ様です。差し入れを頂きました」
「わあ!サンドイッチにスコーンまで入ってます!」
「ちょうど腹が減ってきたとこだ」
「お腹が空いたと仰いませ、お嬢様」
ヴァネッサに叱られたフェリーチェが肩をすくめて見せた。年輩の彼女は、侍女というよりお目付役のようである。ケイリーとキャスが飲み物を持ってきてくれたので、三人はしばらく休憩を取ることにした。
「このサンドイッチ、美味しいです」
「スコーンもイケるな」
「明日、ジョゼフィーヌにお礼を言わないといけませんね」
(ドレスのリメイク作業をすると彼女に話した覚えはないのですが……。どこで情報を仕入れたのでしょう。軽食を持ってくるタイミングといい、相変わらず如才のない方ですわ)
女学院時代も、ジョゼフィーヌはトップクラスの成績でありながら控えめで、何かとアレクサンドラを立ててくれた。かなりの情報通で、彼女の助言が役立ったこともある。ジョゼフィーヌが味方であるのは本当に頼もしい。
「フェリは今度の試験用のドレスも自分で仕立てたんですの?」
「ああ、今回は会心の出来だ。楽しみにしててくれよ。アレクは?」
「勿論、我が家の御用達職人に新しいドレスを依頼してありますわ」
自然と次の試験の話になる。普段は試験にあまりやる気を見せないフェリーチェも、今回ばかりは闘志満々だ。そんな二人を、ディアナは黙って眺めている。
「ディアはどうなんだ?」
「うちは、新しいドレスを仕立てる余裕がなくて……。母のお下がりを仕立て直したものを持ってきたんです」
アレクサンドラとフェリーチェは顔を見合わせた。ここぞとばかりに新しい衣装を用意する令嬢たちの中では、かなり浮いてしまうだろう。それはディアナも分かっているようだ。どうりで元気がない。
フェリーチェがそのドレスを見たいというので、ディアナの侍女ケイリーに衣装棚を開けてもらった。
「これは……ずいぶん古い型ですわね」
「シュミーズタイプの裾なんて久々に見たな。母様の若い頃に流行ってたとは聞いたことあるけど」
「奥様が独身の頃お召しになっていたもの、と聞いております。お嬢様には、クリノリンタイプの方がお似合いになると思うのですが……」
「アタシのドレスを貸してもいいんだけど、サイズがなあ」
そもそも、自分の身体に合わせて仕立てたドレスなのだ。他の者が着ても身体に合わないだろう。
「アクセサリーならお貸ししても構いませんが、ドレスは厳しいですわねえ」とアレクサンドラが思案していると、フェリーチェが衣装棚をゴソゴソと漁り始めた。
「なあ、ディア。このジャケット、ほどいてもいいか?」
「え、ええ。構いませんが……」
「どうするのです?」
「このジャケットをドレスの上に着るんだ。腰回りを絞って、あとは襟を付ければいい感じになりそうだろ?ちょっと待ってな」
いったん出て行ったフェリーチェだが、すぐに侍女のヴァネッサを伴って戻ってきた。ヴァネッサは裁縫箱と大量の布を抱えている。
唖然とするディアナとアレクサンドラを傍目にフェリーチェは布を次々と取り出し、考え込む。しばらくして「よし、こいつが良さそうだ」と薄めの白い布を選び出した。
「どこに付けますの?」
「襟と、袖周りだな。あとはドレスの裾にも」
「ふむふむ」
「ようし、始めるぞ」裁縫道具を取り出した彼女を見て、ディアナとその侍女が慌てて止めた。
「伯爵家のお嬢様にそのようなことをさせる訳には……!」
「フェリ様、あとはこちらでやりますから」
「いいや、アタシがやるよ。デザインから縫製までトータルサポート、がアウティエリの流儀だからな」
「うちのお嬢様は言い出したら聞きませんの。どうか、やらせて下さいませ」
ニコニコしながらフォローを入れるヴァネッサからは、有無を言わさない圧を感じる。二人は大人しく引き下がった。
「随分親切なのですね」
「ディアみたいな若くて可愛い娘が古臭いドレスをまとってるなんて、アタシのデザイナー魂が許さないんだよ」
アレクサンドラには良く分からないが、これが職人気質というものなのかもしれない。
「そういうことでしたら私も手伝いましょう」
「無理して付き合わなくてもいいんだぜ」
「デュヴィラール侯爵家の娘たるもの、裁縫くらい心得ています。それに、アウティエリの縫製技術を是非見てみたいですわ」
フェリーチェの指示によりヴァネッサとケイリーは採寸、アレクサンドラとキャスはジャケットをほどき始めた。布を傷めないよう丁寧に糸をほどくのは骨が折れる。そもそも着古した衣類など利用した事が無い。なかなか得難い体験だとアレクサンドラは思った。
一方で、フェリーチェは広げた布に印を付けて手際よく裁断していく。はさみが滑るように通り過ぎた後は、思い通りの形に切り取られた布が出来上がった。
「スピーディなのですね。感心しました」
「モタモタしてたら布がよれちまうからな。裁断は思い切りだ、って母様に教わった」
「勉強になりますわ」
仮縫いが一通り終わったところでいったん夕食をとり、作業を再開した。ジャケットの本縫いはフェリーチェと侍女たちに任せ、アレクサンドラとディアナはドレスの裾を縫う。
数時間経った頃、扉がノックされた。対応したケイリーが何やらお礼を述べている。戻ってきた彼女は手に籠を持っていた。
「どなたでしたか?」
「ジョゼフィーヌ様です。差し入れを頂きました」
「わあ!サンドイッチにスコーンまで入ってます!」
「ちょうど腹が減ってきたとこだ」
「お腹が空いたと仰いませ、お嬢様」
ヴァネッサに叱られたフェリーチェが肩をすくめて見せた。年輩の彼女は、侍女というよりお目付役のようである。ケイリーとキャスが飲み物を持ってきてくれたので、三人はしばらく休憩を取ることにした。
「このサンドイッチ、美味しいです」
「スコーンもイケるな」
「明日、ジョゼフィーヌにお礼を言わないといけませんね」
(ドレスのリメイク作業をすると彼女に話した覚えはないのですが……。どこで情報を仕入れたのでしょう。軽食を持ってくるタイミングといい、相変わらず如才のない方ですわ)
女学院時代も、ジョゼフィーヌはトップクラスの成績でありながら控えめで、何かとアレクサンドラを立ててくれた。かなりの情報通で、彼女の助言が役立ったこともある。ジョゼフィーヌが味方であるのは本当に頼もしい。
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