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第一章 花嫁試験編
12. ローブ・コンクール(2)
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魔王城から乗り合い馬車で下へ降りると、カヴァスは走り出した。人も馬車も追い越し、どんどんスピードを上げる。彼が走った後には土ぼこりがもうもうと舞った。
速さが増すにつれてカヴァスの姿も変化していく。足は四足に、身体は短毛に覆われた獣の姿だ。道行く人々が走る獣犬に驚いて声を上げたが、気にしている暇はない。そのまま町を抜け、村を抜け、山を駆け抜けた。
一日半ほど走り続けて、ようやくキャナルの町に到着した。さすがに獣の姿で街中に入るわけには行かないので、いったん人の姿に戻る。町の入り口では、すでに馬車を伴ったモーザが待機していた。
「おじさ……モーザさん!」
「ご苦労様です、カヴァス。予定通りの到着ですね。まずは少し休憩しなさい」
「僕なら大丈夫です。このまま行けます」
その途端、腹がぐぐぅと大きな音を鳴らす。モーザが心得たとばかりにサンドイッチと水嚢が入った駕籠を取り出した。
「さ、こちらを食べなさい。体調を整えることも使用人の努めですよ。身体が健康であればこそ、十全のパフォーマンスを出せるというものです」
「はい……」
(ここまで準備してあるなんて、流石はモーザおじさんだ。僕も早くおじさんのように、優秀な執事になりたいな)
軽食を食べ、水を飲み干すとお腹も落ち着いた。領の境まではモーザが馬車で送ると言ったので、お言葉に甘えて乗っていくことにする。
シーニュで借りたという馬車は、侯爵家用のそれとは違ってかなり揺れる。喋ると舌を噛みそうで、二人とも無言であった。
山道に入って小一時間ほど走ったであろうか。突然、馬車がガタンと揺れ、止まった。
「何事です?」御者に問いかけようとして窓を開けた途端、二人は事態を理解した。馬車が数人の盗賊に囲まれていたのである。
「俺たちの目的は分かってるよな~?」
盗賊の頭領とおぼしきデカい図体の男が、御者に詰め寄った。御者は怯えてぶんぶんと頭を降る。
「ようし、荷物をこっちに渡してもらおうか。あと女が乗っていればそれもだ」
頭領に指図された手下の男が、馬車の扉に手をかけたその途端。内側からの衝撃で男は扉ごと吹っ飛ばされた。
「おや、これは失礼」
足で扉を蹴り飛ばしたのはモーザだった。馬車から降りようとする老執事に、起きあがった男が吠える。
「何しやがる!」
「わあ~。分かりやすい小悪党ですね、おじさん」
「何だとこのガキ!」
「カヴァス、不作法ですよ。たとえ本当のことでも、感じたことをそのまま口にするものではありません」
「お前もたいがい失礼だよ!!」
のんびりと会話を交わす二人は、ガタガタ震えている御者とは対照的だ。盗賊たちはイライラし始めた。
「自分たちの立場が分かってないようだな?」
「お頭、殺しちまおうぜ」
「おう、まずは馬車から引きずり出せ」
「……やれやれ、物騒な方たちですね。私が片を付けますから、カヴァスは馬車を守っていて下さい」
「分かりました!」
地面に降り立ったモーザが、スーツの上着を脱ぐ。その身体がみるみるうちに牛ほどの大きさとなり、黒い剛毛で覆われた。盗賊たちを睨みつける細長い眼は赤い光を湛えている。鋭い牙の生えた口から、腹の底まで響くような咆哮が鳴った。
「ジジイが粋がるんじゃねえよ」とゲラゲラ笑っていた盗賊たちは震え上がった。
「こ、こいつ魔狼か!?」
「逃げろ!」
逃げまどう盗賊たちに、巨体が襲いかかる。反抗しようとした者もいたが、魔狼の素早い攻撃を交わすことはできない。ある者は足を噛み砕かれ、ある者は組み敷かれ、あっという間に半数以上がその場に倒れた。
「こんなの勝てるわけねぇ!小僧を人質にとれ!」
頭に命じられた手下の二人組が馬車に向かってきた。だが、当のカヴァスが獣の姿に変化している様を見て唖然とする。
「こいつもかよ~!?」と叫ぶ二人はカヴァスに噛みつかれ、戦意を喪失してしまった。
「申し訳ねぇ、お客さん。片方の車輪がダメになっているんで、これ以上は進めねえです」
モーザとカヴァスが盗賊たちを縛り上げている間、馬車を調べていた御者が訴える。彼らが道に蒔いた尖り石を踏んでしまったらしい。そうやって、進めなくなった馬車を襲っていたのだ。
「仕方ありませんね。カヴァス、キツいと思いますがここからは徒歩で行って下さい。私はここに残って御者を手伝います」
「任せて下さい。さっきご飯を食べたので体力もばっちりです」
「箱には衝撃吸収の魔法をかけてありますので、振動を気にする必要はありません。落とさないことだけを気にかけて下さい」
犬の姿になったカヴァスの背中にドレスの箱を縛り付けながら、モーザがこんこんと注意を述べる。
「それでは任せましたよ。花嫁試験でお嬢様に恥をかかせるわけには参りませんからね。必ず間に合わせて下さい」
了承の意を込めてカヴァスはワン!とひと鳴きし、走り出した。
太陽が沈み、辺りは暗くなり始める。犬となったカヴァスの耳は、普段の数倍の感度で、森の獣や虫たちの動く音を感知する。中には、夜にしか動かないアンデッド達がごそごそと動き出す音もあった。だが、走りに集中している彼は意に介さない。ただひたすらに、魔王の城を目指して進んだ。
速さが増すにつれてカヴァスの姿も変化していく。足は四足に、身体は短毛に覆われた獣の姿だ。道行く人々が走る獣犬に驚いて声を上げたが、気にしている暇はない。そのまま町を抜け、村を抜け、山を駆け抜けた。
一日半ほど走り続けて、ようやくキャナルの町に到着した。さすがに獣の姿で街中に入るわけには行かないので、いったん人の姿に戻る。町の入り口では、すでに馬車を伴ったモーザが待機していた。
「おじさ……モーザさん!」
「ご苦労様です、カヴァス。予定通りの到着ですね。まずは少し休憩しなさい」
「僕なら大丈夫です。このまま行けます」
その途端、腹がぐぐぅと大きな音を鳴らす。モーザが心得たとばかりにサンドイッチと水嚢が入った駕籠を取り出した。
「さ、こちらを食べなさい。体調を整えることも使用人の努めですよ。身体が健康であればこそ、十全のパフォーマンスを出せるというものです」
「はい……」
(ここまで準備してあるなんて、流石はモーザおじさんだ。僕も早くおじさんのように、優秀な執事になりたいな)
軽食を食べ、水を飲み干すとお腹も落ち着いた。領の境まではモーザが馬車で送ると言ったので、お言葉に甘えて乗っていくことにする。
シーニュで借りたという馬車は、侯爵家用のそれとは違ってかなり揺れる。喋ると舌を噛みそうで、二人とも無言であった。
山道に入って小一時間ほど走ったであろうか。突然、馬車がガタンと揺れ、止まった。
「何事です?」御者に問いかけようとして窓を開けた途端、二人は事態を理解した。馬車が数人の盗賊に囲まれていたのである。
「俺たちの目的は分かってるよな~?」
盗賊の頭領とおぼしきデカい図体の男が、御者に詰め寄った。御者は怯えてぶんぶんと頭を降る。
「ようし、荷物をこっちに渡してもらおうか。あと女が乗っていればそれもだ」
頭領に指図された手下の男が、馬車の扉に手をかけたその途端。内側からの衝撃で男は扉ごと吹っ飛ばされた。
「おや、これは失礼」
足で扉を蹴り飛ばしたのはモーザだった。馬車から降りようとする老執事に、起きあがった男が吠える。
「何しやがる!」
「わあ~。分かりやすい小悪党ですね、おじさん」
「何だとこのガキ!」
「カヴァス、不作法ですよ。たとえ本当のことでも、感じたことをそのまま口にするものではありません」
「お前もたいがい失礼だよ!!」
のんびりと会話を交わす二人は、ガタガタ震えている御者とは対照的だ。盗賊たちはイライラし始めた。
「自分たちの立場が分かってないようだな?」
「お頭、殺しちまおうぜ」
「おう、まずは馬車から引きずり出せ」
「……やれやれ、物騒な方たちですね。私が片を付けますから、カヴァスは馬車を守っていて下さい」
「分かりました!」
地面に降り立ったモーザが、スーツの上着を脱ぐ。その身体がみるみるうちに牛ほどの大きさとなり、黒い剛毛で覆われた。盗賊たちを睨みつける細長い眼は赤い光を湛えている。鋭い牙の生えた口から、腹の底まで響くような咆哮が鳴った。
「ジジイが粋がるんじゃねえよ」とゲラゲラ笑っていた盗賊たちは震え上がった。
「こ、こいつ魔狼か!?」
「逃げろ!」
逃げまどう盗賊たちに、巨体が襲いかかる。反抗しようとした者もいたが、魔狼の素早い攻撃を交わすことはできない。ある者は足を噛み砕かれ、ある者は組み敷かれ、あっという間に半数以上がその場に倒れた。
「こんなの勝てるわけねぇ!小僧を人質にとれ!」
頭に命じられた手下の二人組が馬車に向かってきた。だが、当のカヴァスが獣の姿に変化している様を見て唖然とする。
「こいつもかよ~!?」と叫ぶ二人はカヴァスに噛みつかれ、戦意を喪失してしまった。
「申し訳ねぇ、お客さん。片方の車輪がダメになっているんで、これ以上は進めねえです」
モーザとカヴァスが盗賊たちを縛り上げている間、馬車を調べていた御者が訴える。彼らが道に蒔いた尖り石を踏んでしまったらしい。そうやって、進めなくなった馬車を襲っていたのだ。
「仕方ありませんね。カヴァス、キツいと思いますがここからは徒歩で行って下さい。私はここに残って御者を手伝います」
「任せて下さい。さっきご飯を食べたので体力もばっちりです」
「箱には衝撃吸収の魔法をかけてありますので、振動を気にする必要はありません。落とさないことだけを気にかけて下さい」
犬の姿になったカヴァスの背中にドレスの箱を縛り付けながら、モーザがこんこんと注意を述べる。
「それでは任せましたよ。花嫁試験でお嬢様に恥をかかせるわけには参りませんからね。必ず間に合わせて下さい」
了承の意を込めてカヴァスはワン!とひと鳴きし、走り出した。
太陽が沈み、辺りは暗くなり始める。犬となったカヴァスの耳は、普段の数倍の感度で、森の獣や虫たちの動く音を感知する。中には、夜にしか動かないアンデッド達がごそごそと動き出す音もあった。だが、走りに集中している彼は意に介さない。ただひたすらに、魔王の城を目指して進んだ。
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