アレクサンドラはいつも前向き~アンデッド令嬢ですが魔王様に嫁いでみせます!

藍田ひびき

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第一章 花嫁試験編

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「アレクサンドラお嬢様、旦那様がお呼びです」
 
 広大な屋敷の一角にある部屋に、執事見習いのカヴァスは問いかけた。
 
 ここは、魔族たちの暮らすフェルデン王国。
 そのディランツベルク領主都クラネシラスの北端に、広大な屋敷がある。領主であるディランツベルク侯爵とその一人娘、アレクサンドラの住まう館だ。
 その敷地は小さな町ならばすっぽり入りそうな広さで、都民たちからは敬意を込めて「北のお屋敷」と呼ばれている。


「ホッ!ホッ!ホッ!」

 「お入りなさい」という声を受けて入室したカヴァスが目にしたのは、床の上で絶賛腹筋運動中のアレクサンドラの姿であった。束ねられた栗毛色の長い髪が、身体の動きに合わせてぴょこぴょこと揺れている。
 それだけでも貴族令嬢にあるまじき様相であるが、さらに、彼女の前には天井からぶら下げられた本が鎮座していた。運動をしながら読書をしていたらしい。
 カヴァスはため息をついた。

「お嬢様。せめて運動か読書のどちらかになさっては……」
「だって、ようやくヴァレリー版トレーノス戦記の新刊が手に入ったのですもの。早く読みたいじゃない」

 何が”だって”なのかさっぱり分からない。
 
「それならば読書を先になさっては如何ですか?」
「あら、侯爵家令嬢たるもの、日々の鍛錬は欠かせませんわ。他にもやることがありますし、時間が惜しいじゃないの」
 
 せっかちな性格の令嬢であった。
 傍らには侍女のキャスが控えており、無言でアレクサンドラの指示に合わせて本をめくっている。常々主人の無茶ぶりに応えてきた優秀な侍女は、この程度の奇行には全く動じないようだ。
 
「お嬢様、旦那様が執務室に来るようにと」
「分かったわ」
 
 軽く身支度を整えた後、アレクサンドラはカヴァスを伴って父の執務室へ向かった。豪奢な装飾を施した廊下はぴかぴかに磨かれている。道中ですれ違った数人の使用人が彼女の姿を見てお辞儀をした。
 
「お父様、アレクサンドラです」
「入れ」
「失礼しま・・・・・・!」
 
 ドアを開けた途端、こちらに向かって一抱えもありそうなサイズの土弾が向かってきた。魔法攻撃だ。

「ハッ!」
 
 令嬢は華麗にステップを踏んで避けるが、弾は軌道を変えてなおも彼女を追ってくる。避けきれないとふんだアレクサンドラは左足を踏み込んだ。
 
狂気の竜巻トルネード・フォール!!」
 
 左を軸足にした回転蹴りが、土弾を強烈に打ち抜く。彼女はそのまま、土弾を執務室へ向かって蹴り飛ばした。
 
 ドゴォン!!!!

 轟音が屋敷に響きわたる。

「旦那様、お嬢様、ご無事ですか!?・・・・・・・ひっ!」

 慌てて部屋に飛び込んだカヴァスは悲鳴をあげて立ちすくんだ。
 彼が目にしたのは、床に横たわる主人とその娘だった。二人とも首が胴体から外れ落ちている。

「カヴァス、何事ですか?」
「お、おじさん!旦那様とお嬢様が……!」
「職場ではモーザさんと呼びなさい」
 
 轟音を聞きつけて駆け付けたのはこの館の執事、モーザだ。部屋の惨状を見た老執事は即座に状況を理解したらしい。眉一つ動かさず、主人へ語りかけた。
 
「旦那様、お嬢様、起きて下さい。部屋を片付けますので」

 唖然とするカヴァスを余所に、二人の胴体は「あーびっくりした」と言いながらむくりと身を起こした。それぞれ、自分の頭を手に抱えている。

「久々に頭が外れてしまいましたわ。我々デュラハンの特性とはいえ、困りものですわね」
「たるんどるぞ、アレクサンドラ」
「お父様も外れてらっしゃるではありませんか。おあいこですわ」
「ぐっ・・・・・・だいたい、何でこっちに向かって撃ち返すのだ。方向を考えろ」
「あら、お父様の教えではないですか。どんな状況であろうと攻撃されたら即応戦、即返報、十倍返しが我が家の家訓。ですからお父様へ撃ち返したのですわ」
 
 やたらと好戦的な家風であった。

「ぐぬぬ。全く、なぜこうも小生意気な娘に育ったのだ」
「旦那様のご教育の賜物かと」
「そんな教育、した覚えない……」
「お父様、健忘症になるのは私へ爵位を譲ってからにして下さいませ」

 執務室は話し合いをできるような状態ではないので、いったん応接間へ移動することにした。ディランツベルク侯爵とアレクサンドラが向き合ってソファに座る傍らで、モーザがお茶の準備をしている。

「それでお父様、どのようなご用件でしょうか」
「アレクサンドラ。クローヴィス陛下の花嫁として魔王城へ行……」
「かしこまりました」
「回答早くない!?」
 
 言い終わる前に答えた娘に対して、侯爵がツッコミを入れた。

「魔王城といえばトレーノス戦記の聖……コホン、失礼。お父様がわたくしを完璧な淑女とするべく様々な教育を施して下さったのは、高位の貴族へ嫁ぐためと自負しております。魔王陛下は御年150歳、そろそろ婚約者を定めても良い頃。当然、侯爵家たる我が家にお声がかかると思っておりましたわ」
「迅速で的確な判断力はお前の長所だ。だが、話は最後まで聞け。花嫁候補はお前一人ではない」
「では、他に誰が?」
「子爵家以上の適齢な令嬢全てに登城するよう声がかかっているらしい。魔王城で花嫁試験を行い、王妃に相応しい娘を選ぶのだそうだ」

 すでに婚約済みの者を除外するにしても、子爵家より高位で年頃の令嬢となると三十人は下らないだろう。それを一堂に集めるとは、随分大掛かりな話である。
 
「当然だが、シュペルヴィユの娘も参加する」
 
 眉を上げて明らかな不快感を示しながら侯爵は続けた。
 シュペルヴィユ家は、この家と同様に広大な領地を持つ侯爵家だ。その当主とデュヴィラール侯爵が険悪な仲であることは、貴族界で周知の事実である。何でも学生時代からの因縁があるらしい。
 その娘であるデルフィーヌ嬢も何かとつっかかってくるので女学院時代は辟易したものだ、とアレクサンドラが話していたことがある。
 
「あの小娘が王妃になりでもしたら、奴はさらに増長するぞ。デュヴィラール家としてそのようなことは看過できん。お前は試験を勝ち抜いて陛下の花嫁になるのだ。よもや、できないとは言わんだろうな?」
「勿論です。このアレクサンドラにお任せくださいませ。他の令嬢たちを叩きのめし、見事王妃の座を勝ち取ってごらんにいれますわ」
「流石は我が娘だ。ヤツの悔しがる顔が今から楽しみだな。はははははは!」
「まあお父様ったらお気の早い。おーほほほほほ!」

 冷めてしまったお茶を入れ替える老執事に、カヴァスはこっそりと話しかけてみた。
 
「別に叩きのめす必要はないんじゃないですかね……?」
「しっ。口出ししてはいけませんよ」
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