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2. 欲しがりの妹
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「ずるいずるい!お姉ちゃん、それ私に頂戴!」
それが、一歳下の妹デイジーの口癖だ。
私たちが幼い頃から、両親は妹だけを溺愛した。
見事なウェーブを描くブロンドの髪に、瑞々しい肌、華奢な身体の妹に比べ、ぱさぱさの茶髪に細い目で、背の高い私。
見目の良い妹を可愛がりたい気持ちは、分からなくもない。だけどうちの両親の姉妹差別は、いくら何でも行き過ぎだと思う。
あれは幾つのときだったか。
母と妹と三人で買い物へ行って、私だけ大荷物を持たされて。
「エステルは身体が大きいから大丈夫よね」と、母は事も無げに言った。
娘一人に荷物を持たせる行為の何が大丈夫なんだか、さっぱり分からない。
今月はお金が厳しいからと誕生日を祝って貰えなくて。
先月の妹の誕生日は盛大に祝っていたのに。
「お前はお姉ちゃんだから、我慢できるだろう」と言われた。
あの時は、流石に泣きそうになったな。
そうやって両親が甘やかすものだから、妹は際限なく欲しがるようになってしまった。
少しでも私が妹より良いものを持っていたら、「ずるいずるい」とごねる。服だって小物だって、私より妹の方がずっと良い物を持っているのに。そして私が断ったら泣き叫ぶ。
最後は両親に「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい」と私が叱られるまでがワンセットだ。
誕生日だからと友人のお母さんが焼いてくれたクッキーも、湖で拾った綺麗な石も、近所のお店の手伝いをしたお礼に貰った銅貨も、みんなデイジーに奪われた。
子供の頃は反発もしたけれど。
十歳を過ぎる頃には、すっかり諦めの境地に達していた。
だけど四年前、その関係性に変化が起こった。
私と妹が聖女候補に選ばれたのである。
魔王が復活し、魔族が溢れ出したのは十年ほど前のこと。
伝承によれば、この世界では数百年毎に魔王が復活しているらしい。そして、合わせて必ず勇者も出現する。
それは、我々が信仰を捧げる女神クィアネル様の御業だ。
彼女は愛し子である人間の危機に際し、魔王に対する対応策として勇者を遣わすのである。
ほどなく、女神様の神託を受けた大司教様により勇者アレン・ブリックが見いだされた。
王家と大司教様はすぐに勇者を保護。そして彼を補佐させるべく、優秀な魔法使いや戦士、そして治癒能力を持った娘たちを聖女候補として集めた。
治癒の技能持ちということで神殿へ連れて来られ、魔力の量と質を測定された私たちは、聖女候補として十分な能力を持っていると判断された。特にデイジーは候補の中で最も魔力量が多かったらしい。
それを聞いた時両親の浮かれようといったら、こちらが恥ずかしくなるくらいだったわ。
「最高の魔力量ですって!ご近所に自慢しなくちゃ」
「デイジーは聖女になれるかもしれないな。さすがは俺たちの娘だ」
「まあっ。聖女に選ばれたら、この街どころか国の英雄になれるわ」
ちなみに私へ掛けられた言葉は「エステル。姉として、デイジーを助けるんだぞ」だけ。
いつも通りのことだ。私は吹き上がっている三人を余所に、淡々と聖女候補の修行に努めた。
ところが、最終的に聖女へ選ばれたのは私だったのである。
「ずるいずるい!私の方が魔力量多いのに、何でお姉ちゃんが聖女なの?私に譲ってよ!」
聖女を選ぶのは神殿の大司教様だ。私が勝手に譲ることは出来ない。
別に私が聖女の地位を望んだわけでもない。なんせ、聖女としての修行や無料奉仕に加え、勇者パーティとの戦闘訓練にも参加しなければならないのだ。ほとんど休みなしである。代われるもんなら代わって欲しい。
国王陛下から私がアレンと婚約するように命じられたことも、彼女には不満だったようだ。
この婚約は英雄となる彼に、爵位と配偶者を与えて自国へ縛り付けるための施策に過ぎない。そう何度も話したのだけれど、妹には理解出来なかったらしい。
「何でお姉ちゃんが勇者様と結婚するの?ずるい!」
「そんなこと言われても、陛下のご命令だし……。だいたい、デイジーにはちゃんと婚約者がいるじゃない。チェスター様は男爵家の嫡男だから、デイジーは男爵夫人になれるのよ?」
「勇者様だって、魔王を倒したら爵位と領地を貰えるんでしょ?それに、チェスター様はおデブだもん。一緒に歩くのは恥ずかしいの。その点、アレン様は逞しくて格好良いもの!」
聖女候補の奉仕活動のため孤児院へ出向いた際、慰問に訪れていたチェスター様がデイジーの美貌を見初めたらしい。お相手が貴族と聞いて、デイジーも両親もこの婚約に飛びついた。
婚約した当初は、「私は貴族になるの。お姉ちゃん、羨ましいでしょう~」と私に向かって散々自慢していたくせに、最近では不満たらたらだ。アレンが良いというより、私が妹より高い地位になるのが気にくわないのだと思う。
確かにチェスター様はちょっとだけ太ましいけれど、顔は整ってるし優しくて良い方なのに。
その後、デイジーはアレンへ猛アピールし始めた。
何度か彼女を窘めたが「義兄となる人だもの、仲良くして何が悪いの?嫉妬はみっともないわよ、お姉ちゃん」と躱されてしまう。
二人がどんどんと親密になっていくのを、私はいつもの諦めの境地で眺めていた。
明るくてムードメーカーなアレンと、地味で大人しい私。そんなだから、気が合わないところはあった。そこへ美人のデイジーに言い寄られたのだから、アレンがぐらつくのも分かる。
だけどこの婚約は国王陛下の命だ。二人とも、そこまで愚かな事はしないだろうと思ってたんだけどな。想像以上にバカだったわ。
それが、一歳下の妹デイジーの口癖だ。
私たちが幼い頃から、両親は妹だけを溺愛した。
見事なウェーブを描くブロンドの髪に、瑞々しい肌、華奢な身体の妹に比べ、ぱさぱさの茶髪に細い目で、背の高い私。
見目の良い妹を可愛がりたい気持ちは、分からなくもない。だけどうちの両親の姉妹差別は、いくら何でも行き過ぎだと思う。
あれは幾つのときだったか。
母と妹と三人で買い物へ行って、私だけ大荷物を持たされて。
「エステルは身体が大きいから大丈夫よね」と、母は事も無げに言った。
娘一人に荷物を持たせる行為の何が大丈夫なんだか、さっぱり分からない。
今月はお金が厳しいからと誕生日を祝って貰えなくて。
先月の妹の誕生日は盛大に祝っていたのに。
「お前はお姉ちゃんだから、我慢できるだろう」と言われた。
あの時は、流石に泣きそうになったな。
そうやって両親が甘やかすものだから、妹は際限なく欲しがるようになってしまった。
少しでも私が妹より良いものを持っていたら、「ずるいずるい」とごねる。服だって小物だって、私より妹の方がずっと良い物を持っているのに。そして私が断ったら泣き叫ぶ。
最後は両親に「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい」と私が叱られるまでがワンセットだ。
誕生日だからと友人のお母さんが焼いてくれたクッキーも、湖で拾った綺麗な石も、近所のお店の手伝いをしたお礼に貰った銅貨も、みんなデイジーに奪われた。
子供の頃は反発もしたけれど。
十歳を過ぎる頃には、すっかり諦めの境地に達していた。
だけど四年前、その関係性に変化が起こった。
私と妹が聖女候補に選ばれたのである。
魔王が復活し、魔族が溢れ出したのは十年ほど前のこと。
伝承によれば、この世界では数百年毎に魔王が復活しているらしい。そして、合わせて必ず勇者も出現する。
それは、我々が信仰を捧げる女神クィアネル様の御業だ。
彼女は愛し子である人間の危機に際し、魔王に対する対応策として勇者を遣わすのである。
ほどなく、女神様の神託を受けた大司教様により勇者アレン・ブリックが見いだされた。
王家と大司教様はすぐに勇者を保護。そして彼を補佐させるべく、優秀な魔法使いや戦士、そして治癒能力を持った娘たちを聖女候補として集めた。
治癒の技能持ちということで神殿へ連れて来られ、魔力の量と質を測定された私たちは、聖女候補として十分な能力を持っていると判断された。特にデイジーは候補の中で最も魔力量が多かったらしい。
それを聞いた時両親の浮かれようといったら、こちらが恥ずかしくなるくらいだったわ。
「最高の魔力量ですって!ご近所に自慢しなくちゃ」
「デイジーは聖女になれるかもしれないな。さすがは俺たちの娘だ」
「まあっ。聖女に選ばれたら、この街どころか国の英雄になれるわ」
ちなみに私へ掛けられた言葉は「エステル。姉として、デイジーを助けるんだぞ」だけ。
いつも通りのことだ。私は吹き上がっている三人を余所に、淡々と聖女候補の修行に努めた。
ところが、最終的に聖女へ選ばれたのは私だったのである。
「ずるいずるい!私の方が魔力量多いのに、何でお姉ちゃんが聖女なの?私に譲ってよ!」
聖女を選ぶのは神殿の大司教様だ。私が勝手に譲ることは出来ない。
別に私が聖女の地位を望んだわけでもない。なんせ、聖女としての修行や無料奉仕に加え、勇者パーティとの戦闘訓練にも参加しなければならないのだ。ほとんど休みなしである。代われるもんなら代わって欲しい。
国王陛下から私がアレンと婚約するように命じられたことも、彼女には不満だったようだ。
この婚約は英雄となる彼に、爵位と配偶者を与えて自国へ縛り付けるための施策に過ぎない。そう何度も話したのだけれど、妹には理解出来なかったらしい。
「何でお姉ちゃんが勇者様と結婚するの?ずるい!」
「そんなこと言われても、陛下のご命令だし……。だいたい、デイジーにはちゃんと婚約者がいるじゃない。チェスター様は男爵家の嫡男だから、デイジーは男爵夫人になれるのよ?」
「勇者様だって、魔王を倒したら爵位と領地を貰えるんでしょ?それに、チェスター様はおデブだもん。一緒に歩くのは恥ずかしいの。その点、アレン様は逞しくて格好良いもの!」
聖女候補の奉仕活動のため孤児院へ出向いた際、慰問に訪れていたチェスター様がデイジーの美貌を見初めたらしい。お相手が貴族と聞いて、デイジーも両親もこの婚約に飛びついた。
婚約した当初は、「私は貴族になるの。お姉ちゃん、羨ましいでしょう~」と私に向かって散々自慢していたくせに、最近では不満たらたらだ。アレンが良いというより、私が妹より高い地位になるのが気にくわないのだと思う。
確かにチェスター様はちょっとだけ太ましいけれど、顔は整ってるし優しくて良い方なのに。
その後、デイジーはアレンへ猛アピールし始めた。
何度か彼女を窘めたが「義兄となる人だもの、仲良くして何が悪いの?嫉妬はみっともないわよ、お姉ちゃん」と躱されてしまう。
二人がどんどんと親密になっていくのを、私はいつもの諦めの境地で眺めていた。
明るくてムードメーカーなアレンと、地味で大人しい私。そんなだから、気が合わないところはあった。そこへ美人のデイジーに言い寄られたのだから、アレンがぐらつくのも分かる。
だけどこの婚約は国王陛下の命だ。二人とも、そこまで愚かな事はしないだろうと思ってたんだけどな。想像以上にバカだったわ。
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