「お姉ちゃん、見てるぅ~?」

藍田ひびき

文字の大きさ
上 下
2 / 6

2. 欲しがりの妹

しおりを挟む
「ずるいずるい!お姉ちゃん、それ私に頂戴!」
 
 それが、一歳下の妹デイジーの口癖だ。
 
 私たちが幼い頃から、両親は妹だけを溺愛した。
 見事なウェーブを描くブロンドの髪に、瑞々しい肌、華奢な身体の妹に比べ、ぱさぱさの茶髪に細い目で、背の高い私。

 見目の良い妹を可愛がりたい気持ちは、分からなくもない。だけどうちの両親の姉妹差別は、いくら何でも行き過ぎだと思う。

 あれは幾つのときだったか。
 母と妹と三人で買い物へ行って、私だけ大荷物を持たされて。
 「エステルは身体が大きいから大丈夫よね」と、母は事も無げに言った。
 娘一人に荷物を持たせる行為の何が大丈夫なんだか、さっぱり分からない。

 今月はお金が厳しいからと誕生日を祝って貰えなくて。
 先月の妹の誕生日は盛大に祝っていたのに。
 「お前はお姉ちゃんだから、我慢できるだろう」と言われた。

 あの時は、流石に泣きそうになったな。

 そうやって両親が甘やかすものだから、妹は際限なく欲しがるようになってしまった。
 少しでも私が妹より良いものを持っていたら、「ずるいずるい」とごねる。服だって小物だって、私より妹の方がずっと良い物を持っているのに。そして私が断ったら泣き叫ぶ。
 最後は両親に「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい」と私が叱られるまでがワンセットだ。

 誕生日だからと友人のお母さんが焼いてくれたクッキーも、湖で拾った綺麗な石も、近所のお店の手伝いをしたお礼に貰った銅貨も、みんなデイジーに奪われた。

 子供の頃は反発もしたけれど。
 十歳を過ぎる頃には、すっかり諦めの境地に達していた。
 
 だけど四年前、その関係性に変化が起こった。
 私と妹が聖女候補に選ばれたのである。
 
 
 魔王が復活し、魔族が溢れ出したのは十年ほど前のこと。
 伝承によれば、この世界では数百年毎に魔王が復活しているらしい。そして、合わせて必ず勇者も出現する。

 それは、我々が信仰を捧げる女神クィアネル様の御業だ。
 彼女は愛し子である人間の危機に際し、魔王に対する対応策カウンターとして勇者を遣わすのである。

 ほどなく、女神様の神託を受けた大司教様により勇者アレン・ブリックが見いだされた。
 王家と大司教様はすぐに勇者を保護。そして彼を補佐させるべく、優秀な魔法使いや戦士、そして治癒能力を持った娘たちを聖女候補として集めた。

 治癒の技能スキル持ちということで神殿へ連れて来られ、魔力の量と質を測定された私たちは、聖女候補として十分な能力を持っていると判断された。特にデイジーは候補の中で最も魔力量が多かったらしい。
 それを聞いた時両親の浮かれようといったら、こちらが恥ずかしくなるくらいだったわ。

「最高の魔力量ですって!ご近所に自慢しなくちゃ」
「デイジーは聖女になれるかもしれないな。さすがは俺たちの娘だ」
「まあっ。聖女に選ばれたら、この街どころか国の英雄になれるわ」

 ちなみに私へ掛けられた言葉は「エステル。姉として、デイジーを助けるんだぞ」だけ。
 いつも通りのことだ。私は吹き上がっている三人を余所に、淡々と聖女候補の修行に努めた。
 
 
 ところが、最終的に聖女へ選ばれたのは私だったのである。

「ずるいずるい!私の方が魔力量多いのに、何でお姉ちゃんが聖女なの?私に譲ってよ!」
 
 聖女を選ぶのは神殿の大司教様だ。私が勝手に譲ることは出来ない。
 
 別に私が聖女の地位を望んだわけでもない。なんせ、聖女としての修行や無料奉仕に加え、勇者パーティとの戦闘訓練にも参加しなければならないのだ。ほとんど休みなしである。代われるもんなら代わって欲しい。

 国王陛下から私がアレンと婚約するように命じられたことも、彼女には不満だったようだ。
 この婚約は英雄となる彼に、爵位と配偶者を与えて自国へ縛り付けるための施策に過ぎない。そう何度も話したのだけれど、妹には理解出来なかったらしい。

「何でお姉ちゃんが勇者様と結婚するの?ずるい!」
「そんなこと言われても、陛下のご命令だし……。だいたい、デイジーにはちゃんと婚約者がいるじゃない。チェスター様は男爵家の嫡男だから、デイジーは男爵夫人になれるのよ?」
「勇者様だって、魔王を倒したら爵位と領地を貰えるんでしょ?それに、チェスター様はおデブだもん。一緒に歩くのは恥ずかしいの。その点、アレン様は逞しくて格好良いもの!」

 聖女候補の奉仕活動のため孤児院へ出向いた際、慰問に訪れていたチェスター様がデイジーの美貌を見初めたらしい。お相手が貴族と聞いて、デイジーも両親もこの婚約に飛びついた。
 
 婚約した当初は、「私は貴族になるの。お姉ちゃん、羨ましいでしょう~」と私に向かって散々自慢していたくせに、最近では不満たらたらだ。アレンが良いというより、私が妹より高い地位になるのが気にくわないのだと思う。
 確かにチェスター様はちょっとだけ太ましいけれど、顔は整ってるし優しくて良い方なのに。

 その後、デイジーはアレンへ猛アピールし始めた。
 何度か彼女を窘めたが「義兄となる人だもの、仲良くして何が悪いの?嫉妬はみっともないわよ、お姉ちゃん」と躱されてしまう。

 二人がどんどんと親密になっていくのを、私はいつもの諦めの境地で眺めていた。

 明るくてムードメーカーなアレンと、地味で大人しい私。そんなだから、気が合わないところはあった。そこへ美人のデイジーに言い寄られたのだから、アレンがぐらつくのも分かる。

 だけどこの婚約は国王陛下の命だ。二人とも、そこまで愚かな事はしないだろうと思ってたんだけどな。想像以上にバカだったわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

妖精のいたずら

朝山みどり
恋愛
この国の妖精はいたずら好きだ。たまに誰かの頭の上にその人の心の声や妖精のつっこみを文章で出す。 それがどんなに失礼でもどんなに不敬でも罪に問われることはない。 「なろう」にも投稿しています。

ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)

白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」 ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。 少女の名前は篠原 真莉愛(16) 【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。 そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。 何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。 「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」 そうよ! だったら逆ハーをすればいいじゃない! 逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。 その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。 これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。 思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。 いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

本物の聖女なら本気出してみろと言われたので本気出したら国が滅びました(笑

リオール
恋愛
タイトルが完全なネタバレ(苦笑 勢いで書きました。 何でも許せるかた向け。 ギャグテイストで始まりシリアスに終わります。 恋愛の甘さは皆無です。 全7話。

処理中です...