クール令嬢、ヤンデレ弟に無理やり結婚させられる

ぺこ

文字の大きさ
上 下
1 / 6

出会い

しおりを挟む
 あの男を初めて見た日のことは、よく覚えている。あれは肺の奥まで凍りつくような寒い日で、雪に慣れたシャルロットですら白い息を吐いて震えていた。
 深夜、皆が寝静まった時間だというのに、やけに外が騒がしくなって、シャルロットは胸騒ぎを感じて外に飛び出したのだ。気づいた侍女が「お嬢様、中でお待ちを」と言い募ったが彼女は屋敷に戻らなかった。屋敷の門まで必死に走る。

 中途半端に開いた背の高い鉄柵の向こう側、マントを羽織った子供が立ち尽くしている。その子供を前にして、何やら母は声を荒げているようだった。風の音にかき消されてよく聞こえないが、罵詈雑言の類なのは語気の荒さを見るに伝わってきた。それをなだめるように隣に寄り添うかたわらの侍女も、齢は50を超えてさすがの落ち着きがあったものの、動揺と緊張を隠せてはいない。初めて見るくらいに強張った顔をしていた。

 シャルロットがふらふらと近づくと、ランプに照らされぼんやり浮かび上がった子供の顔がようやく見えた。おそらく、男の子だろう。マントというよりボロボロの布切れに近いそれに隠れた髪の毛は、乾いた灰白色をしていた。アメジストの瞳は大きく、髪とそろいの白っぽいまつ毛は瞬きの度ばさばさと音がしそうなくらい長い。端正な顔立ちをしていたが、その目は子供らしい純粋なきらめきだとかは無縁の、獣じみたぎらぎらした光を宿していて、寒さとは違った種類の震えが背中に走った。またシャルロットを驚かせたのはその手足の細さだった。顔つきから、おそらく歳の頃は10歳前後に見えるが、栄養失調からか痩せ細っていて、そう大きくもないマントがぶかぶかだった。雪を踏みしめて来たであろう裸足の足は真っ赤になっていて、痛々しかった。

 状況を読めずにいる中、母が何かを吐き捨てるように言い残すと、肩をいからせて去っていった。去り際、母が少年をきつく睨め付けた目が異様に怖く、妙な執念を感じさせたが、とうの少年は特に何とも思っていないようだった。ふと、こちらを見た彼と視線が合う。彼はじっとシャルロットを見つめていて、感情の読み取れない瞳に、シャルロットは視線を外すとそそくさと屋敷に戻った。
 



 少年の正体を知ったのはその翌日だった。母は体調が優れないとのことで床に伏せってしまったので、侍従長である女性から聞き出した真相に言葉を失う。

 彼はルイという名前で、今は亡きシャルロットの父親が、生前に手をつけた侍女との間に生まれた子供らしい。彼女は重々しい顔つきで言った。

「こちらが証拠の品です」

 侍従長はテーブルに深い青のブローチを置いた。瀟洒なデザインだが、使われている宝石から相当に高価なものだとわかる。それに何より、裏に彫られた刻印はまごう事なきシャルロットの家系、レニエ家の紋章だった。呆然とそれを眺めていると、彼女は続ける。

「彼は、このブローチを死んだ母親から譲り受けたと言っていました。母親が亡くなる時に、困った時にはこのブローチを持ってレニエ家のお屋敷に行きなさい、そうしたらお父様がお前を助けてくれるはずだからと、そう言われたと。」

 どうやら、少年は母親の死後孤児院に引き取られたらしかったが、激しい暴力と飢えに耐えかねて抜け出してきたらしかった。

 つまりは、だ。この領地の継承権も父から譲り受ける爵位も、長男である彼にあるということになる。事の重大さがようやく理解できてきて、シャルロットは唇を噛んだ。






 父が亡くなった後、爵位を継ぎ領地をおさめてきたのは他でもないシャルロットだった。父親の死後、後を継ぐ男子がいない場合養子をとることが多いが、この国は特に血統を重視する傾向にある。そのため男子がいない場合に限って、長女が家を継ぐことを許可していた。幸か不幸か、この国では成人年齢が15歳で、当時シャルロットは成人していたため後を継ぐのを認められたのだった。とにかく血さえ繋がっていればいいという訳である。

 父がいなくなってからはてんてこまいだった。痩せこけた領地のたて直しに、有耶無耶になっていた財政状態の管理、伯父の助けを借りつつなんとか奮闘していたら、もう2年が経っていた。爵位と領地を継いだ頃、シャルロットは15歳だったため、気づけばもう17だ。結婚適齢期もいいところである。

 そんな状況を考えると、母の気持ちも分からないでもない。早くに夫を亡くして心細いところに、なんとか娘が家を維持しているという状況の中で、突然夫が他の女と作った子供が、しかもあろうことか息子が、家にやってくるなんて。暴言の一つも吐きたくなるかもしれない。まぁ、あのルイという少年には1ミリも非はないわけだが。

 おそらく、母は落ち着いたらシャルロットに婿をとらせ、家のことはまかせるつもりだったのだろう。いい家の次男なんかと縁談がまとまれば後ろ盾もできてレニエ家は安泰である。シャルロットは地元でも評判なくらい器量がよかったし、その類の期待も大きかったのではないだろうか。

 ただでさえ娘の婚期が遅れているのに、まさか母にしてみればどこぞの馬の骨ともつかない女の産んだ息子が、レニエ家のすべてを乗っ取るのでは、という不安に苛まれてもおかしくはない。シャルロットはため息をついた。

「彼……ルイは?容体はどうなの、随分衰弱していたけれど」
「あれから湯浴みをさせ、食事を摂らせています。といっても長いこと食べていなかったようで、固形物は戻してしまうのでスープ類のみですが……」
「それでいいわ。暖かくさせてゆっくり休ませてやって頂戴」
「はいお嬢様」

 シャルロットはそう言い残すと残った雑務を処理しに書斎に向かった。やるべきことは山ほどあるのだ。正直今にも音を立てて崩れそうなこのレニエ家にとって、あのルイという少年が吉と出るのか凶と出るのか。彼は諸刃の剣とも言えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...