5 / 23
赤い封筒にご注意
しおりを挟む
暑い。恵菜は額に滲んだ汗を腕で拭った。8月も半ばの盆休み、いまだ照りつける日差しは容赦ない。強烈な太陽がアスファルトを焼いて、遠くの景色をぼんやりと揺らめかせている。長い髪をかき上げ、恵菜は日陰でも探そうと近くの公園へ入った。ブランコと滑り台くらいしか遊具がないこじんまりとした公園だったが、砂場で子供が二人遊んでいた。
ちょうど日陰に覆われたブランコに腰掛けようと思ったが、いい歳をした大人がブランコを漕いでいるなんて不審すぎるだろう。そばに子供もいるのだ、通報されてもおかしくない。他に腰掛けるところを探していると、運良く一つだけベンチがあった。ちょうど木の陰になっている。恵菜は軽く砂を払ってから腰掛けた。
あの京極とかいう男に腹が立って飛び出してきてしまったが、財布も持たずに出てきたことを後悔していた。これでは飲み物も買えない、あるのはポケットにあるスマホくらいだ。
このまま帰ったら、絶対にお母さんにどやされる。
恵菜はため息をついた。いや、言いたいことは言ってやったので気は済んだし、我慢していたらいつまでも悶々としていただろうから別に後悔はしていないが、面倒なことになったとは思う。
もうそろそろ寺を継いでくれるような男は諦めてくれないだろうか。今回は破談になったが、また似たようなことをして見合いをセッティングされそうで今から気が滅入る。寺を継いでくれる婿養子、というと余計に間口が狭くなっていい人なんて見つかりやしないではないか。
そう考えた後で、恵菜は突然不安に襲われる。
……本当にそうだろうか?実家のしがらみを捨てたならば、いい人が見つかるのだろうか?
『あんま怖がらせたくはないんやけど、まぁ僕が見た限りは祟りの類やね。それが恵菜さんのご縁を邪魔しとる』
『ここまでの祟りは普通の人間相手やとひとたまりもないやろな。』
京極の言葉がやけに鮮明に蘇る。霊能なんて、祟りなんて信じたこともないのに、彼の言葉が妙に説得力をもって聞こえてしまった。だって、彼は言い当てたではないか。これまで男運が全くなかったこと、どんな相手も怪我や病気で会えなくなること。
……彼の言ったことは、もしかして本当なんじゃないか。
勝ち気な恵菜は珍しく弱気になってしまっていた。これまでの婚活疲れからだろうか、また実家からの期待に耐えかねたのか、いや、一番は京極の言葉に動揺したのか。もう一生自分は結婚できない気がして、幼い頃からの夢だったウェディングドレスも着られない気がして、何だか情けなくて涙が出てくる。
目頭が熱くなって、じくじくと胸が痛む。それに耐えるようにじっとうつむいて、恵菜はしばらくの間足元を歩くアリの行列をじっと見ていた。
どのくらいそうしていただろうか。気づけばすでに日は傾きかけていて、空は橙に染まっていた。端の方は藍色に蝕まれ、夜の訪れも近いようだ。子供も知らない間にいなくなっていて、半袖だとやや冷える。街灯なんてほとんどない田舎だから、宵闇に沈みかけた公園は暗く、少し不気味だった。
気は進まないが帰るか、と腰を上げようとした時。ベンチの上、恵菜の隣に赤い封筒が鎮座している。恵菜は不審に思った。ここに座った時はこんなものなかったのだ。不気味に思ったが、何だかその真紅の封筒は恵菜の心を惹きつけるような、抗えない魅力があった。恐る恐る手に取ってみると、血のように深い赤色をしたその封筒は、形状こそごく普通の縦封筒だが、良質な紙でできているようだ。紙質はしっかりしていて厚手の和紙のように見えた。だが、なぜだか宛先や送り主の記載はなく、まったくの無地で何も書いてはいない。
封はされておらず薄いので、何も入っていないと思ったが、中を覗き込むと何やら一枚紙が入っていた。
一体何だろう。
中身を取り出そうとして一瞬ためらう。その封筒の中身が気になって気になって仕方ないのに、頭のどこか、分からない、第六感みたいなものが、それ以上見てはならない、それを置いて早く逃げろと言っている。心臓がバクバクとありえない速さで脈打っている、息が浅くなって肌は冷え切っているのに汗が滲む。置いて帰った方がいいのは分かっていた。けれど、我慢ができない。
恵菜は震える指で中の紙を取り出した。
「……?何これ」
出てきたのは、お札のような形状の白い紙一枚だった。長細い紙に筆で何やら文字が書かれている。日本の言葉なのか中華の言葉なのか、恵菜には漢字が羅列してあることしか分からなかった。その字をたどるように、指先で何度も筆跡をなぞっていた時だった。
「受け取ったな」
風がぶわりと吹き、木々のざわめきが大きくなる。それに紛れて、背後から深みのある声色が落ち、恵菜は弾かれたように振り返った。眼前にあった姿に瞬きも忘れて見入ってしまう。そこには、この世のものかと疑うほどに美しい男が立っていた。
「婚姻を受け入れたとみなすぞ。よいな」
血の気のない肌は白磁のようにきめ細やかで美しく。紅をさしたように色づいた唇は美しい弧を描いていて。恵菜が言葉を失う中、凄艶な笑みを浮かべた男は満足げにそう言った。
ちょうど日陰に覆われたブランコに腰掛けようと思ったが、いい歳をした大人がブランコを漕いでいるなんて不審すぎるだろう。そばに子供もいるのだ、通報されてもおかしくない。他に腰掛けるところを探していると、運良く一つだけベンチがあった。ちょうど木の陰になっている。恵菜は軽く砂を払ってから腰掛けた。
あの京極とかいう男に腹が立って飛び出してきてしまったが、財布も持たずに出てきたことを後悔していた。これでは飲み物も買えない、あるのはポケットにあるスマホくらいだ。
このまま帰ったら、絶対にお母さんにどやされる。
恵菜はため息をついた。いや、言いたいことは言ってやったので気は済んだし、我慢していたらいつまでも悶々としていただろうから別に後悔はしていないが、面倒なことになったとは思う。
もうそろそろ寺を継いでくれるような男は諦めてくれないだろうか。今回は破談になったが、また似たようなことをして見合いをセッティングされそうで今から気が滅入る。寺を継いでくれる婿養子、というと余計に間口が狭くなっていい人なんて見つかりやしないではないか。
そう考えた後で、恵菜は突然不安に襲われる。
……本当にそうだろうか?実家のしがらみを捨てたならば、いい人が見つかるのだろうか?
『あんま怖がらせたくはないんやけど、まぁ僕が見た限りは祟りの類やね。それが恵菜さんのご縁を邪魔しとる』
『ここまでの祟りは普通の人間相手やとひとたまりもないやろな。』
京極の言葉がやけに鮮明に蘇る。霊能なんて、祟りなんて信じたこともないのに、彼の言葉が妙に説得力をもって聞こえてしまった。だって、彼は言い当てたではないか。これまで男運が全くなかったこと、どんな相手も怪我や病気で会えなくなること。
……彼の言ったことは、もしかして本当なんじゃないか。
勝ち気な恵菜は珍しく弱気になってしまっていた。これまでの婚活疲れからだろうか、また実家からの期待に耐えかねたのか、いや、一番は京極の言葉に動揺したのか。もう一生自分は結婚できない気がして、幼い頃からの夢だったウェディングドレスも着られない気がして、何だか情けなくて涙が出てくる。
目頭が熱くなって、じくじくと胸が痛む。それに耐えるようにじっとうつむいて、恵菜はしばらくの間足元を歩くアリの行列をじっと見ていた。
どのくらいそうしていただろうか。気づけばすでに日は傾きかけていて、空は橙に染まっていた。端の方は藍色に蝕まれ、夜の訪れも近いようだ。子供も知らない間にいなくなっていて、半袖だとやや冷える。街灯なんてほとんどない田舎だから、宵闇に沈みかけた公園は暗く、少し不気味だった。
気は進まないが帰るか、と腰を上げようとした時。ベンチの上、恵菜の隣に赤い封筒が鎮座している。恵菜は不審に思った。ここに座った時はこんなものなかったのだ。不気味に思ったが、何だかその真紅の封筒は恵菜の心を惹きつけるような、抗えない魅力があった。恐る恐る手に取ってみると、血のように深い赤色をしたその封筒は、形状こそごく普通の縦封筒だが、良質な紙でできているようだ。紙質はしっかりしていて厚手の和紙のように見えた。だが、なぜだか宛先や送り主の記載はなく、まったくの無地で何も書いてはいない。
封はされておらず薄いので、何も入っていないと思ったが、中を覗き込むと何やら一枚紙が入っていた。
一体何だろう。
中身を取り出そうとして一瞬ためらう。その封筒の中身が気になって気になって仕方ないのに、頭のどこか、分からない、第六感みたいなものが、それ以上見てはならない、それを置いて早く逃げろと言っている。心臓がバクバクとありえない速さで脈打っている、息が浅くなって肌は冷え切っているのに汗が滲む。置いて帰った方がいいのは分かっていた。けれど、我慢ができない。
恵菜は震える指で中の紙を取り出した。
「……?何これ」
出てきたのは、お札のような形状の白い紙一枚だった。長細い紙に筆で何やら文字が書かれている。日本の言葉なのか中華の言葉なのか、恵菜には漢字が羅列してあることしか分からなかった。その字をたどるように、指先で何度も筆跡をなぞっていた時だった。
「受け取ったな」
風がぶわりと吹き、木々のざわめきが大きくなる。それに紛れて、背後から深みのある声色が落ち、恵菜は弾かれたように振り返った。眼前にあった姿に瞬きも忘れて見入ってしまう。そこには、この世のものかと疑うほどに美しい男が立っていた。
「婚姻を受け入れたとみなすぞ。よいな」
血の気のない肌は白磁のようにきめ細やかで美しく。紅をさしたように色づいた唇は美しい弧を描いていて。恵菜が言葉を失う中、凄艶な笑みを浮かべた男は満足げにそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
田舎の幼馴染に囲い込まれた
兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新
都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる