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4.鬼も人も憎み合っていましたが
雷乃発声 かみなりすなわちこえをはっす 5
しおりを挟む「……桃、が新川に、居た」
「……それは、本当か?」
ぽつりと言葉を落とせば、親分は驚いたように目を見張ったまま固まる。
親分は、勿論、私の関わった事件も知っているし、その犯人も知っている。だけど、如何してそんなに驚くのか。
ただ、桃がその場に居たというだけなのに。桃は鬼殺しなのだから、その場に居ても何も可笑しくは無いのに。
そんな考えが脳裏を一瞬で過ぎ去り、残されたのは、濁った灰汁の様な感情。
「桃を見たら……身体が動かなくて、……それで、」
「あー、小梅。……もう分かったから、無理すんな」
親分の腕が、今度は私の頭に伸びる。ぽん、とのっかった分厚い手のひらに、ハッとして己の頬に手をやれば、うっすらと冷たい涙が頬を濡らしていた。
そのまま指を滑らせて頬を拭う。けれど、次から次へと溢れ出す雫は、睫毛を超えてころころと頬を転がり止め処ない。
「……よく頑張ったな、小梅」
「……っ、でも、逃がした。……アイツに繋がる情報も、無い。ただ鬼殺しを4人、殺して来ただけだ」
言葉にしたら、悔しさで余計涙が溢れ出す。
弱虫で泣き虫で餓鬼な私は、自分で桃の事を追い詰めることも出来ないのだ。
何だか分からない、名前も付けられない感情に心も頭も支配されて、固まっていることだけしか、出来ないのだ。
「……十分だから、な、小梅」
嗚咽交じりに呟く私を見た親分は、私の頭に手をのせたまま、わしゃわしゃと髪がぐちゃぐちゃになるまで撫でまわす。そうして、ふっとその煙草の香りをそっと溜息に溶かす。
「お前、髪の毛の金色見えてんぞ。染め直したほうがいいなぁ、これ」
「……分かってる、っ」
何だよ、こんな時にケチつけなくてもいいじゃんか。
そう思った私だけれど、次に落ちてきた言葉に、どくんと心が鳴った。
「小梅の髪、綺麗だよなぁ、透けるみたいな金色で。……菫も、そうだったな」
耳を掠めたお兄の名前に、思わず、涙でぐちゃぐちゃな深紅の瞳で親分を下からねめつけた。
「……おい、……分かって言ってるだろ、私が、もっと泣くって」
「泣きたい時ゃあ、泣きゃあいんだよ、マセ餓鬼」
「……うるせぇ、っ、……ふ、」
言い返したいのに、ぼろぼろと零れ落ちる涙と喉から溢れる嗚咽が邪魔をして、文章どころか、一言も言葉になんてならなかった。
「……っ」
私を離してくれない、あの笑み。
待ってるって、言ったのに。桃はするりと私の手を擦り抜けていく。
私がずっと心の穴を埋めるために必死でしがみ付いて来たあの約束が、独り善がりだった事が、酷く悔しい。
悔しくて、とても――……寂しい。
私は、如何すれば桃と同じ目線に、立場に、この両の足で立つことが出来るのだろうか。
ただ、ひたすらに涙を流し続ける私のことを、撫で続ける親分。
悔しいけれど、この大雑把で口の悪い、大きくて温かい人は、6年前からずっと私の事をちゃんと見て、ちゃんと分かってくれる大切な人の一人だった。
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