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4.鬼も人も憎み合っていましたが
雷乃発声 かみなりすなわちこえをはっす 2
しおりを挟む「蘭さん、桜さんにとって、とても大事な人なんですね」
「は?」
「だって、桜さん、笑ってるから」
「っ」
慌てて、己の頬を両の指でぐにぐにと引っ張る。
いや、てゆーか今私ゆづの頭のこと考えてたぞ。断じて蘭の事じゃない。うん。
脳内で会話をしてる私はきっと一人漫才師みたいになっている事だろう。そんな私を見て弓弦はさらに笑みを深めた。
「僕も、一緒にいますよ」
「……おう」
「照れてます?」
「……うるさい、ゆづ」
そう言いながら腕を伸ばしてぽかりと隣を歩く弓弦の頭を叩く。丁度、その猫ッ毛が私の拳を掠めた時だった。
ガチャリ、と3つ先の扉が開き、睦月さんが出てきた。いつも通りに眼鏡を上げる姿は変わりないけれど、何処かそのオーラがいつもと違う。
「……お疲れさまです」
ツカツカと歩いてくる睦月さんにそう言って、そっとお辞儀をした。そうしたら漸く、私達のことに気が付いたようで、目を丸くしてまたその中指で眼鏡を押し上げる。
「如月さん、平賀さん、お疲れさまです」
「……睦月、さん?」
「はい?」
「……如何しました?」
思わず、そう尋ねてしまった。余りにも眼鏡の奥に光る深紅の瞳に怒りが満ちている気がして。けれど、彼はいつも通りに姿勢よく立ったまま、飄々としている。
「如何もしませんが?」
「そう、ですか……何だか怒っている気がしたので」
すみません、と笑ってすれ違えば、睦月さんは何事もなかったかのように逆方向へと歩き出す。その後ろ姿に、やっぱり私の勘違いなのだな、と思うことにした。
たった今、睦月さんが出てきたばかりの扉の前に弓弦と二人並んで立つ。3つノックをして声をかける。けれど、中からは何も返事がなかった。
「……いる、よな」
「……多分……」
さっき睦月さんが出てきたばかりなのだ。親分は部屋の中にいるに決まっている。
弓弦と顔を見合わせてから、思い切ってドアノブを回した。ガチャリ、と音を立てて開いたその先をそっと覗けば、親分が皮張りのソファで不機嫌そうに煙管を吹かしていた。
「菅原さん」
「……小梅か、入っていいぞ」
「ゆづもいるけど」
「構わん、でも俺、今すげぇ機嫌悪ぃぞ」
その深紅の瞳を光らせるほどに怒っていた睦月さんと、不貞腐れたように煙管から煙を吸う親分。二人の間に何かがあった事は、明白だった。
「……睦月さんと何かあったのか」
そう尋ねながら、でも、と今までの6年間を反芻する。親分がどんな我儘を言ったって、睦月さんはいつも溜息を吐きながらもそれをこなして来たはず。睦月さんが怒るほどの我儘、という事だろうか。今までだって散々駄々をこねてきた親分に、今更そんな我儘あるのだろうか。
「……ねぇよ」
「どうせ、菅原さんが我儘言ったんだろ」
「……うるせぇ、小梅の癖に」
ぶわっと煙を吹きかけられて、ごほ、と咳き込む。勿論、隣にちゃんと立っている弓弦もとばっちりを受ける。
何歳だよ、クソ親爺。お前は餓鬼か。
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