悪者の定義

桜樹璃音

文字の大きさ
上 下
4 / 33
3.鬼と人が暮らしていました

お兄がいなくなるまであと4日

しおりを挟む



「母さん、おかわり!」

「はいはい、すみれはたくさんご飯を食べるようになったねえ」



 そう言いながら、お母さんは、お兄のお茶碗に山盛りのご飯を盛った。ホカホカとあたたかな湯気が出て、私もついついおかわりが欲しくなってしまう。ごくん、とつばを飲み込んで、ダイエットの為よ、と我慢する。

 最近は着物や袴の帯をしっかり締めるように気を付けているのだ。もう私も12歳、立派なレディだから。そう思って、代わりに茄子の漬物をぱくり、と口の中に放り込んだ。茄子なら太らないだろう。このお腹の空き具合なら、あと10個はいける。

 もぐもぐと咀嚼を続ける私に気づいたお兄は、これ以上私が食べ過ぎないようにと漬物の蓋をそっと締めた。



小梅こうめ、食べ過ぎ」



 チッ。
 行き場のなくなった私のお箸の先端は、めげずに今度は芋の煮付けに向かった。




「あと1週間で、菫もついに、“鬼”の仲間入りかぁ」



 お父さんが、琥珀色の瞳を潤ませてそう言いながら、誇らしげに鼻の下を伸ばす。琥珀色の瞳を瞬くお母さんも、とても嬉しそうだ。

 それもそのはず、この鬼ヶ島で“鬼”という仕事に就くことが出来るのは、僅かに限られた15歳以上40歳以下の男性のみ。鬼という仕事は、憎き人間どもからこの鬼ヶ島を護る言わば国防のお仕事。鬼になるためには、信じられないほど厳しい試験を潜り抜けなくてはならないのだ。そして、合格したら、1年に1度、10日しか家には帰れない。他の355日はすべて任務にあたるのだ。



「もう刀は貰ったのか?」



 嬉々としてそう尋ねるお父さんに、お兄は首を横に振る。ごくん、と飲み込む音の後に、「まだ」という返事があった。

 “鬼”になると、特別に帯剣が許されるらしい。そりゃそうか、丸腰でどう戦えっていう話よね。私は女だから、鬼になることはないし、詳しくは知らないけど、何だか武器にも色々な種類があるらしい。

 二杯目のお茶碗を空っぽにしたお兄は、芋の煮付けのお皿と口を往復する私のことを横からつつきながら、嬉しそうな両親に向かって言葉を落とす。



「俺、立派にこの鬼ヶ島を護ってみせるよ」



 そう言いながら、にっこりと笑ったお兄が、この家を出て行くのは4日後の4月16日。奇しくも、それはお兄の17歳、私の13歳の誕生日だった。







【残り4日】




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...