ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

文字の大きさ
上 下
134 / 139
第5章 本当の気持ち

第16話

しおりを挟む





「歳三」



ぎゅっと拳を握りしめて、その名を呼ぶ。



「……何だ」

「私、っ、」



心臓がこれでもかという程に居場所を主張する。心が爆発してしまいそう。



「……璃桜? どした、」

「好き」



我慢し続けた気持ちを、隠し続けた想いを、言葉に当てはめて唇から落とした途端、透明な感情が世界を滲ませる。

慌てて俯く。零れそうになった雫が落ちないように、精一杯目を見開く。

ツン、と鼻の奥が痛む。ぐっと歯を食いしばった。



「…………好き、なの。歳三の事が、」



堪えきれずに、一粒、溢れる。

そのまま自由落下した涙は、握り締められた私の手の甲にぱたり、と落ちる。

睫毛を超えて転がり落ちた涙の粒は、音を立てて私の目から零れて行く。



「……璃桜、」

「何も、言わないで……っ」



歳三の言葉を涙でぐちゃぐちゃな声で遮った。

聞きたくなくて。

その言葉の先を、知ってしまったら、きっと私は諦めなくちゃならないから。




「……歳三は、こんな事を言われても困ると思ったんだけど、でも、」



顔が、上げられない。

私の言葉を守って、何も言わずにいてくれる歳三に向かって、じっと俯いたまま、私は言葉を紡ぐ。



「……ごめん、歳三」



好きになってしまって。貴方を困らせて。



「好きだって、言ってくれなくてもいい。恋人らしい事なんて、何も、要らない。……でも、でもね、」



嘘つき。

本当は、誰よりも、好きだと言って欲しい。
何よりも、大切だと言って欲しい。

ぎゅっと目を瞑った。

弱虫な自分の言葉で抉られた、自分自身の胸の傷から目を背けて、無かった事にした。



「……私、それよりも何よりも……歳三の小姓でいたいの。……今までもずっと、迷惑しかかけてないかもしれないけど、」



貴方は、私を照らす太陽で、私は貴方に照らされる月で。

太陽も月も、同じ空に掛かることが出来る。
同じ場所から、同じものを見ることが出来る。



だから、――だから。



「……これまで通り、私を、使ってくれる?」





そう、涙で濡れた言葉を落とした、刹那。

ぐいっと腕が引かれる。バランスを崩した私は、歳三の腕の中に閉じ込められる。

ふわりと、煙草の香りが鼻を掠める。歳三の髪が、私の頬を撫でる。



「馬鹿野郎」

「っ」



耳元で囁かれた言葉に、胸が締め付けられるように痛む。ああ、私の心は、もう傷だらけだ。




「……いつ、俺が、お前を嫌いだって言った? 迷惑だって言った?」

「……とし、」

「前に言ったろ、俺は、お前と同じ道を見据えたいって」



何処か切ない声の輪郭が、私の耳朶を満たす。

チッ、と小さく舌打ちをした歳三は、何処か吹っ切れた様に、私の事を強く抱き締めた。

感じた事のない力加減に、息が止まる。心が、揺れる。

その名を呼ぼうとして、唇から薄く息を吸った、刹那。



「こんなに大事にしてる小姓、手放してたまるかよ」



その一言に、は、と吐息が零れた。

もう駄目だった。一度止まった涙腺は、再び決壊して、睫毛を濡らす。

歳三のその言葉は、私が貰える、最上級の誉め言葉だった。

ぼろぼろと泣き続ける私の頬を、歳三の指が滑る。感情の雫を拭う。そのまま顎の輪郭をなぞる様に頤をとった指に、くい、と上を向かされた。



「……っ」



目が、合った。

行灯の鈍い光に照らされた歳三の漆黒の瞳の中に、琥珀色の瞳を涙で潤ませた私の顔が映り込んでいた。

じっと私の事を見つめて、そして、歳三は一つ吐息を零して、言葉を紡ぐ。



「璃桜」

「歳、三……?」



私を呼んだ声の輪郭が、酷く、切なくて。思わず、名を呼び返す。



「俺には、……忘れられねぇ、奴がいる」

「……うん」



それはきっと、いつか私が見つけた、あの朱色の髪紐をくれた、“餓鬼”。



「そいつが、俺を見つけたら、……ちゃんと、言ってやるから」

「……うん……?」

「……阿呆。……何で、だよ……っ、」



聞き取れないほど小さな声でそう言った歳三は、そのまま、ぎゅう、と私を抱き締める。

強く、強く。



その哀しみに染まった声色に、その言葉の意味を聞くことも叶わず、何も言えずにただ歳三を抱き締め返す。

その背に腕を回して、必死に腕に力を込めた。

ふっと行灯の光が途切れて、部屋は宵闇に染まる。

そんな私達を闇に紛れさせながらも、じっと、夜は過ぎていく。

ああ、このまま一つになってしまえたら良いのに。そうしたら、もう二度と貴方を困らせる事など無くなるのに。

真っ暗な闇の中、歳三の腕の温もりを感じながら、ひたすらに、そう思った。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...