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第5章 本当の気持ち
第4話
しおりを挟む「っ」
眩しさに目を瞑った時、布団に寝ていた私の本体は目を覚ました。
思わず、目線を動かして、自分を確認してしまった。煤に塗れた身体、さらしで手当てしてある腕。
大丈夫、私は、壬生浪士組にいる。
嫌な汗が、額を流れ落ちる。昨日から着たままの服は、寝汗でぐっしょりと重い。
何だ、今の夢。
まるで、小さい頃の私――いや。
ドクンドクンと、早まっている鼓動を如何にか落ち着けようと、深呼吸をする。
あれは、絶対に小さい頃の私とそうちゃんだった。
でも、おかしい。
如何して、小さなころの私たちが、こっちの時代の恰好をしていたの?
如何して、あの暗闇から出た時一瞬だけ見えた世界が、この時代と同じなの?
「……こっちの時代に、慣れたってことなのかなぁ」
始めのころは、夢の中でも向こうの柔らかな時代を思い出していたのだろう、セーラー服を揺らして笑う自分や、PCと向かい合う自分などと何度も出会った。
けれど、そう言えば、ここ最近そう言ったことも無くなって来ていると気づく。
知らず知らずのうちに出ていた溜息を吸い直し、くらくらと揺れる世界を耐えて、ゆっくりと起き上がる。
ふと傍を見れば、直ぐに水分が取れるようにと水と茶碗が準備されていた。
有難く思いながら、急須から茶碗へ水を注ぐ。
とくとくとく。
水の音に耳を澄ませてみれば、もう一つ、部屋の外で精一杯鳴いている蝉たちの声がする。
この時代に来て、5か月。
あの桜が咲いていた日から、もう蝉が大合唱をする時期までやって来た。
「ふぅ」
ごくりと一気に飲み干して、茶碗を戻し、煤けた衣服を着替える。
よく見れば、火の粉が散ってしまったのだろうか、袴の生地が所々焦げ付いていた。
「あーあ、この色、お気に入りだったのに」
そう独り言ちて、鼠色の着流しに着替える。
勿論、男物。
着流しを引っ張り出した時、ぽろりと何かが棚から転がり落ちた。
「……あれ……?」
それは、平成から付いて来た、あの簪。
「……何で」
確かにリュックサックに仕舞いこんだはずなのに。
いつも思いもよらない場所からでてくるこの簪は、私の母が小さな時にくれた簪……そう思った時。
「っ!?」
キーンという耳鳴りが、聴覚を支配する。
まるでモスキートの様なその音に、思わずしゃがみ込む。
「な、何……!?」
手で持っていた着流しを抱え込み、耳鳴りが収まるまで待とうと目を瞑った。
ぎゅっと閉じた瞼の裏側で、ちらちらと光の粒が舞う。散らばっていた光の粒は、次第に焦点が結ばれ、ある映像となった。
“……やるよ”
誰かの手のひらにのせられ、差し出される、この簪。
その手のひらが誰のものかは分からなかった。けれど、指一本から爪の先に至るまで、綺麗でとても艶やかな手だった。
そして、その声は、いつも夢の中で私を呼ぶ、あの艶やかな声。
“璃桜”
貴方は、誰なの。如何して、私を呼ぶの。
その顔を見ようと、意識を集中させた途端に、脳裏に浮かんだ映像は、消しゴムをかけたように消えていく。
それと同時に、耳鳴りも遠ざかっていった。
「璃桜? 起きてる?」
呆然としたまま、しゃがみ込んでいる私に、襖の外からかけられた声。
その声に、ハッとして落ちたままになっていた簪を拾った。
持ち上げてみれば、いつもの様に、しゃらり、と涼しい音がした。
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