119 / 139
第5章 本当の気持ち
第1話
しおりを挟む夏の日の出はとても早い。あっという間に太陽の熱が背中に届く。
朝日が昇りきり、目を刺すような光の中で、そうちゃんと手を繋ぎながら前川邸に足を踏み入れた。
玄関を入れば、既に情報が伝わっているのだろう、バタバタと隊士たちが走り回り、騒然とした空気が満ち満ちていた。
「璃桜、傷の消毒するから、部屋行ってて。道具取ったら追いかけるから」
そう言って離れていく手のひらのぬくもりが、とても名残惜しい。
じっと繋がれていた左手を見る。
火事の所為だろう、ところどころ煤に塗れて黒ずんでいる。
まるで私の心みたいだ、そう思って部屋への道をぱたぱたと歩く。
ふと見下ろした足の汚れは、手のひらの比じゃない。
いつもなら、玄関のところで足を洗ってから上がるのだけれど、今はたぶん、それどころじゃない。
何だか自分だけ、時間の流れから取り残されているような、そんな感覚に陥った。
ぼんやりと部屋の前の縁側に腰かけて、朝日が煌めく澄んだ空を見上げる。
からりと晴れ渡る青は、あの平凡で優しい時間が流れる時代と同じ青で。
如何して、今この時代は、時計で刻まれていないのに、こんなにも強張った時が流れるのだろう。
あんなにも柔らかい時を刻んでどうしようもなくしていたのは、自分たち人間だ、なんてかろうじて残った頭の片隅で思考を垂れ流していれば。
「璃桜、手当てするよ」
その声に振り返れば、簡易的な治療が出来る道具が入っている箱を携えたそうちゃんが、部屋の前にしゃがみこんでいた。
私と同じどろどろの足で、思わずくすりと笑ってしまう。
「その足で部屋入ったら歳三に怒られちゃ、」
ぐらり、と視界が歪んだ。
「璃桜!」
廊下にたたきつけられそうになった私の頭部を、すんでのところで抱えるそうちゃん。
がしゃん、という音は、道具が落ちて散らばった音だろうか。
「璃桜!? 如何した!?」
抱え上げてくれる筋肉質の腕に、身体を預け、回らない頭で倒れた原因を考える。
夏、火、暑さ、長時間。
この単語たちから思い当たるのは。
「そうちゃん、…………水……」
「……は?」
「水、飲みたい……」
「わかった、おい! 誰か! 水!!」
――熱中症および軽度の脱水症状。
くらくらと揺れる頭を押さえてもらいながら、誰かが持ってきてくれた水を飲む。
ごくり、と喉を通る透明な冷たさに、身体中の細胞が喜びの声を上げる。
「……クスノキくん? だっけ。水持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
遠くでそうちゃんが何か言っているけれど、もうズキンズキンと痛み出した頭には何も入ってこなかった。
あけていられずに瞼を伏せた私の上の光が遮られる。
上からチッと小さな舌打ちが聞こえたと思ったら。
「くっそ、足キタネェけど部屋入るぞ!」
まるで歳三みたいな言葉遣い……あ、そうちゃんも江戸に住んでたんだもんね……。
駄目だよ、そうちゃんが舌打ちなんてしたら……歳三になっちゃうよ……。
そんなことを考えた刹那、背中と膝裏に回るそうちゃんの腕。
目を瞑って、ただ、されるがままになっていた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者の不倫相手は妹で?
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる