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第5章 本当の気持ち
第1話
しおりを挟む夏の日の出はとても早い。あっという間に太陽の熱が背中に届く。
朝日が昇りきり、目を刺すような光の中で、そうちゃんと手を繋ぎながら前川邸に足を踏み入れた。
玄関を入れば、既に情報が伝わっているのだろう、バタバタと隊士たちが走り回り、騒然とした空気が満ち満ちていた。
「璃桜、傷の消毒するから、部屋行ってて。道具取ったら追いかけるから」
そう言って離れていく手のひらのぬくもりが、とても名残惜しい。
じっと繋がれていた左手を見る。
火事の所為だろう、ところどころ煤に塗れて黒ずんでいる。
まるで私の心みたいだ、そう思って部屋への道をぱたぱたと歩く。
ふと見下ろした足の汚れは、手のひらの比じゃない。
いつもなら、玄関のところで足を洗ってから上がるのだけれど、今はたぶん、それどころじゃない。
何だか自分だけ、時間の流れから取り残されているような、そんな感覚に陥った。
ぼんやりと部屋の前の縁側に腰かけて、朝日が煌めく澄んだ空を見上げる。
からりと晴れ渡る青は、あの平凡で優しい時間が流れる時代と同じ青で。
如何して、今この時代は、時計で刻まれていないのに、こんなにも強張った時が流れるのだろう。
あんなにも柔らかい時を刻んでどうしようもなくしていたのは、自分たち人間だ、なんてかろうじて残った頭の片隅で思考を垂れ流していれば。
「璃桜、手当てするよ」
その声に振り返れば、簡易的な治療が出来る道具が入っている箱を携えたそうちゃんが、部屋の前にしゃがみこんでいた。
私と同じどろどろの足で、思わずくすりと笑ってしまう。
「その足で部屋入ったら歳三に怒られちゃ、」
ぐらり、と視界が歪んだ。
「璃桜!」
廊下にたたきつけられそうになった私の頭部を、すんでのところで抱えるそうちゃん。
がしゃん、という音は、道具が落ちて散らばった音だろうか。
「璃桜!? 如何した!?」
抱え上げてくれる筋肉質の腕に、身体を預け、回らない頭で倒れた原因を考える。
夏、火、暑さ、長時間。
この単語たちから思い当たるのは。
「そうちゃん、…………水……」
「……は?」
「水、飲みたい……」
「わかった、おい! 誰か! 水!!」
――熱中症および軽度の脱水症状。
くらくらと揺れる頭を押さえてもらいながら、誰かが持ってきてくれた水を飲む。
ごくり、と喉を通る透明な冷たさに、身体中の細胞が喜びの声を上げる。
「……クスノキくん? だっけ。水持ってきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
遠くでそうちゃんが何か言っているけれど、もうズキンズキンと痛み出した頭には何も入ってこなかった。
あけていられずに瞼を伏せた私の上の光が遮られる。
上からチッと小さな舌打ちが聞こえたと思ったら。
「くっそ、足キタネェけど部屋入るぞ!」
まるで歳三みたいな言葉遣い……あ、そうちゃんも江戸に住んでたんだもんね……。
駄目だよ、そうちゃんが舌打ちなんてしたら……歳三になっちゃうよ……。
そんなことを考えた刹那、背中と膝裏に回るそうちゃんの腕。
目を瞑って、ただ、されるがままになっていた。
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