ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第4章 歴史と現実

第29話

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「言いたくないこともあるから無理には訊かねぇけど、人生にはさ、流しちまった涙の分だけ、軽くなる悩みだってあんだからよ」



野菜を洗う水音が、バシャバシャと高く鳴る。



「だから――――泣くのも、悪くねぇよ」



その言葉に、堪えていた涙腺が決壊した。子どものように、嗚咽が喉から零れてきた。



「う、……ふっう……」

「あー、泣け泣け。俺様が音たててやっから」

「―――――――――!」



濡れた袖を顔に当てて、声を殺した。じわりと涙が染み込んでいく。染みが広がっていく。



「……あっちで泣いたら、皆心配すっからよ、ここで全部吐き出しちまえよな」

「……気になっている人に、っ、」

「うん」



涙でぐちゃぐちゃな声で、思いを吐き出した。



「…………期待させられて、」

「うん、それで?」

「…………でもそれは、私の勘違いで、」

「そうかぁ、そりゃ辛かったなぁ」



ゆっくりと大きな水音を立てて、野菜を洗いながら、左之さんは私を見ずに言葉を紡ぐ。



「なぁ、璃桜。璃桜は、まだ、そいつの事が好きか? そんな風に、傷つけられても、好きでいられるか?」



夕陽に照らされて、桶から跳ねる雫が橙色に光る。



「…………好き――――」



ぽつりと、呟いた。じんわりと、その一言が胸に沁みる。

ああ、私、歳三の事が、

―――――好きで、好きで堪らないんだ。

だから、こんなに、心が壊れると思う程、傷つくんだ。



「……好き、です」

「そうか。じゃあ、如何して伝えない?」

「……え、っと」



その問いかけに、揺れる。目線が、揺らぐ。



「伝えられない、その理由、ちゃんと……自分で言えるか?」



咄嗟に、言葉がでなかった。

桶の水を揺らしながら、左之さんは、真剣な眼差しのまま、そんな私の様子に、そっと笑う。



「もし、その理由が、璃桜が身を置いている環境の所為、なのだとしたらそれは――」



左之さんは、言葉を区切り、野菜を洗う手を止めて、こっちを見上げる。



「その気持ちを伝えない理由にはしちゃいけねぇ、と、そう思うぞ」




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