ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第3章 史実

第33話

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「そうしたら、今度はその人の人生が変わる。そうしたら生まれない人が出てくる」



愛次郎君によって命を絶たれた人の子どもは、いない可能性も高い。

そうしたら、その人の子孫は、いないという未来がやってくる。



「……って考えていったら、未来は全く違うものになる」



ぐ、と唇をかみしめる。

わかっている。未来が変わるかもしれないなんて、そんなのわかっている。

でも、護りたいの。これが私の誠なの。

そう言いたいけれど。

全く、理解できていなかった。

自分が変えてしまう事柄が、派生して、次の未来を壊して、奪ってしまうものになり得るかもしれないなんて、思ってもみなかった。

先生は、じっと胸を押さえて立ち尽くす私をさらにどん底に突き落とす。



「時間軸が耐えられなくなって……壊れるよ」



そしたら、この次元はおしまい。

乾いた笑いとともに言葉を落として、私を見る。

次元とか、未来とか。

深い話に、脳が痛みを訴える。



「だから、僕は、歴史は歴史通りにすることを、僕の誠にしている」



それを邪魔する権利は。



「………誰にも、無いよ?」

「――――――っ」



ぎん、と鋭さを増す、“佐伯又三郎”の瞳。

ああ、もう。

私も、貴方も。

………変わって、しまった。

たかが数年間。されど、数年間。

先生は、この厳しい時代での殺伐とした生活で。

私は、あの優しい時代の甘ったれた生活で。

目指すものも、信じるものも。

違うベクトルが、私たちの間を支配している。



「璃桜ちゃん」

「……はい」



ふいに名を呼ばれて、顔を上げる。

暗闇の中で、視線が、交錯する。



「僕は、璃桜ちゃんの邪魔をする気はないよ。やれるだけやってみたらいい。ただ、助けることも、しないから。僕の誠を、変える気はさらさらない」



でも一つだけ、教えてあげるよ。

そういった先生は、にこりと笑ったまま。

私の唇に、人差し指をあてる。

まるで、秘密だよ、とでも言うかのように。



「僕が本当に殺そうと狙ってるのは、芹沢局長」



…………ん?

如何いう、事?

質問しようにも、唇が塞がれているから、言葉を発することができない。




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