ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第3章 史実

第30話

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その言葉に戦慄する。
自分の死期を、知っているなんて。



「如何して……」

「いや、僕もともと歴史の教師だし。知ってるに決まってるじゃん」



“歴史の、教師”?



まさか。
そんなことが、あるわけ、ない。

どくんどくんと脈打つ鼓動。

ありえない。
でも。

“璃桜ちゃん”

そうやって笑ってくれる人を、私は知っている。

私を、絶望から引き上げてくれた人。

遠くの平成で、周りの人が、学校が、世界が、嫌で嫌で仕方がなくて、絶望の淵にいるときに、元の場所に這い上がるのに、手を貸してくれた人。

いや、待って。

嘘。
嘘よね?

……………この笑い方は。



「……………井上先生……?」

「やーっと気づいた。遅すぎだよ、璃桜ちゃん」



貴方は、遠い時代の時と。

私に向って手を伸ばしてくれたあの時と。

全く同じ笑顔で。

私の名を呼ぶ。



“井上忠弘先生”



私の、中学の時の担任の先生。

私が闇に染まっていたところから、世界の広さを見せてくれた、若い歴史の先生。

いきなり3学期になって担任が変わって、助けてもらったお礼も、淡く抱いていたあこがれも何も伝えられないままだった。

結婚したとか、犯罪を犯したとか、根も葉もない噂が広まったけれど、それは全部、なんの根拠もない話で。

時間に揶揄われて、こんな場所にいるなんて、誰が予想しただろう。



「璃桜ちゃん、全然気づかないんだもん。僕だって驚いたよ、初めて見たときは。すごく似ているだけかと思ったんだけど、ちょこちょこ様子を観察しているうちに、絶対璃桜ちゃんだと思った」



だってね、そう一呼吸おいて。



「……困っている人がいたら助ける。周りのことばっか考えてる。自分で悩んでぐちゃぐちゃになってる。単純で、可愛くて、時々大人みたいな顔で笑う。そんなの見たら、ね」



……そんなことできるのは、璃桜ちゃんしかいないって、そう思った。

剝がされていく壬生浪士組、水戸派の佐伯の、その仮面の下には、あの日と同じ先生がいた。




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