ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第3章 史実

第27話

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“愛次郎”

その言葉を唇が落とした時、かっと頭に血が上った。



「愛次郎がさ、あぐりちゃん、だっけ? とさ、楽し気に歩いててさー。僕もやってみたくなっちゃったんだよね」



真っ白になったまま微動だにできない私なんて見えていないかのように、話を続ける。



「でも! もう死んじゃったけどね!」



あは、と笑う顔を見ていたら。
何かが、ぶちぎれた。



「あんたが、………あんたが!!!」



がくがくと襟をつかんで揺さぶる。

自分の激昂した気持ちが、すべてそこにかかる。

だけど、飄々と冷たい笑顔で彼は笑う。



「はい? 僕が何をしたって?」

「………佐々木、愛次郎、惨殺」



その名を出した瞬間、ぴくりと上がる佐伯の眉。

にやりと曲がる、口元。

その動きで、歴史は歴史通りだと悟る。



「貴方が、愛次郎君を、惨殺した」

「………あーあ。なんでばれちゃったんだろうねぇ」



下卑た笑みを浮かべて。



「そうさ、僕が彼らを殺したんだ」



信じられない。

笑っている。

この人は、笑っている。

人の命を、奪ったのに。



「ま、これでわかったよ」



その言葉と同時に、怒りに震えていた私の身体が、硬直する。

そんな私の肩に、ぐっと重く、人の命を奪った手が乗る。



「ごめんねー、さっきのお願いは、嘘。ちょっと知りたいことがあったもんだからさ。君って単純だよね。すぐ引っかかってくれるし」



それまでの眼光とは比べものにならないくらいの圧が、体を支配する。



「やっぱり……君ってさ」



ひやり、と伝うは背中の汗。
それは、この暑さのせいじゃなく。



「……単刀直入にいうけど、さ?」

「……なんですか」



聞きたくない。

本能が、告げる。
聞いては、いけない。
聞いてしまったら、戻れない。

だけど。
思い虚しく。



「…………“平成”は、いまも続いているの?」




にやりと曲がった、唇から落とされた、その言葉は、私の体温を上げるのには十分なほどの、破壊力だった。




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