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第2章 大坂出張
第19話
しおりを挟む「璃桜」
「さいと、さん……」
「……一でいい」
俯きがちの私の横に立って、名を呼んだのは齋藤さんだった。
話しかけてきた癖に、自分からは何も話そうとはしない彼。
沈黙が、続く。
耐え切れずに、私から声をあげた。
「……体調は、どうですか」
そう、私を護ってくれた時、彼は酷い腹痛だったはず。
「直りました?」
私が無茶をしようとしたことで、齋藤さんに無理をさせたのではないかと思っていたから。
「ああ。もう、何処も痛くはない。案ずるな」
「なら、いいですけど」
しん、と会話が途切れてまた沈黙が続く。
足音だけが、二人を支配する。
「……土方さんが」
「…………え」
徐に、声をあげた齋藤さん。
落とされたその名前に驚いて、足を止めれば、くるり、私を振り返って。
「あの夜、………頼みごとをしてきた」
「歳三が……?」
出発前夜のことだ。
いろいろあって忘れていたけれど、私に嘘をついてまで齋藤さんと会っていた理由は、“頼みごと”?
「……璃桜を、護れ、と」
「…………っえ」
護れ?
齋藤さんの声が、歳三の言葉を変換して耳を打つ。
「あいつは、無鉄砲で、馬鹿で、脆い癖に、向かっていく」
そんな、ことを。
動揺が隠しきれていない私と、齋藤さんの視線が絡まる。
そして、彼は、ひた、と私を見つめて。
「相手のために、誰かのためになることなら、自分のしたいことを曲げない強いやつだから、と」
嘘。
如何して。
「……信じられなかった。始めは。ただの女だと思っていたから、副長がそこまで目をかける意味が、全く分からなかった」
齋藤さんの口から発せられる、一つ一つの言葉に、涙腺が刺激される。
ぐ、と唇を噛んで耐える。
「だけど。刀を逆さに持って、向かっていった時」
その無表情のまま、齋藤さんは私につと近づいてきて。
「……………あの時、璃桜のことを、初めて強いと、そう思った」
ぼろり、涙が溢れだす。
堰をきったように、止まらない。
徐に上がった大きな手のひらは、ぽん、と頭にのって。
「よく、頑張った」
「…………っ」
まるで、優しさで、温もりで、今までの蟠りが鎔かされていくようで。
嫉妬も、自己嫌悪も、何もかも、涙に溶けて、消えていく。
そっと側にいてくれる齋藤さんの存在に、今は甘えていいだろうか。
「人は一人では生きてけない」
タイミングよくそっと落とされた言葉に、はらはらとさらに涙が零れ落ちる。
涙がこんなにも、あたたかいものだったなんて。
初めて、知った。
嫌なことは、解けて、溶けて、熔けて、融けて。
全てが、なくなる。
すっきりと、洗い流される。
「ごめ、なさ………」
「………かまわん」
ぼろぼろと止まらない涙を、袖で拭う。
「落ち着くまで、ゆっくり歩けばいい」
そう言って、齋藤さんは、私が泣いているのが皆から見えないよう、前に立ってくれた。
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