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第2章 大坂出張
第6話
しおりを挟むけれど。
「…………私も、トイレ行こうかな……」
人間というのは、何故かその単語を聞くと、それまでは平気だったとしてもトイレに行きたくなってしまう生き物である。
不思議だ。
もそもそと起き上がり、音をたてないように襖を開けてそっと廊下に出る。
「……あつ……」
むしむしとまとわりつく様な空気の重さに、思わず呟きが漏れた。
厠に行こうと廊下の角を曲がろうとした時。
「だから、お願いだ」
そう、低く艶やかな声が耳を掠めた。
何だろうと疑問に思って、そっとその足を止める。
「……頼む」
「………御意……」
そっと窺えばそれは。
………歳、三?
貴方は厠に行ったんじゃなかったの?
そう。
それは、小声で何かを頼む歳三と、それに頷く齋藤さんだった。
如何して、嘘をついて外に出たの?
そんな思いが私をとらえて離してくれない。
状況についていくことができずにそっと窺い続けていれば、会話がふと止まって。
瞬間、ぞくりと肌が粟立つ。
はっとして顔をあげれば、視線が交りあう。
こちらを向いている、齋藤さんの刺すような視線と。
その鋭さにびくりと体を震わせれば、刹那ふっとゆるむその瞳。
それと同時に、体の強張りもゆるゆると減少した。
「如何した」
その一連の様子に、歳三も何か悟ったようだったけれど、ばれたくない私は首を横に振ってみせた。
嫌な想いなんて吹き飛ばそうとして。
それを見てるのに気付かないふりをしているのか、何も表情を変えない齋藤さんは、くぁと一つあくびをして。
「じゃあ、寝るので」
「ああ、呼び出してすまなかったな」
その言葉にほっとして、まだ気づいていないだろう歳三に、ばれないようにそっと後ずさる。
けれど。
「そこのネズミには優しくした方がいいと思う」
「え」
いけない、つい声に出してしまった。
ぱっと手のひらで口を覆うが、時すでに遅し。
「……璃桜」
「……っ」
此方を向いた歳三と目があってしまった。
何故か後ろめたさを感じて、直ぐに視線を逸らす。
「俺は失礼する」
そう言ってすたすたと歩いて行ってしまう齋藤さん。
その場に残された歳三と私の間には、しん、と沈黙が満ちていた。
歳三の目を見ることができない。
数分のちに、歳三がついに口を開いた。
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