蝶々結びの片紐

桜樹璃音

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第17話

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 数日後。



「平ちゃん! いた!」

「……璃桜、どした」



 無事に熱も下がり、喉が少しかさついているという状態まで回復した俺は、鈍った身体を戻そうと稽古をして、自室に帰ってきたところだった。

 刀の手入れでもするか、と懐紙で磨いていた矢先。扉がガラッと開いて、璃桜が顔を出した。



「稽古? お疲れ」

「ありがと。璃桜、お茶あるか?」

「そう言うと思って、ほら。持ってきたよ」



 その言葉に璃桜の手元を見れば、お盆にのった湯呑が二つ。その横には、饅頭が二つ。



「……璃桜、おめぇがお菓子食いたかっただけだろ」

「……あは、ばれた?」



 でもね、といいながら、璃桜、部屋の前の縁側に腰かける。

 真っ青な空に吹いているさわやかな風が、璃桜の前髪を揺らした。ぴょこんと引っかかったまま戻らない前髪に璃桜は気が付かない。

 けど、それを触る勇気は、勿論ない。

 せめて、距離だけでも近づきたいと、お盆がないほうの隣にそっと腰を下ろした。



「甘いもの食べて、早く良くなって欲しかったんだもん」



 ふふっと笑いながら、「そうちゃんおススメなの」と、饅頭の紹介をする璃桜の横顔を、盗み見ようと横を向いた。刹那。



「ほら! あーん」

「む」



 饅頭を口に詰め込まれる。今日は栗餡だった。

 もぐもぐと無言で咀嚼していたら、若干眉根を下ろした璃桜がこちらを伺う。



「……栗餡、美味しくない……?」

「……、ちょ、まっへ」

「へ?」



 ごくん、と飲み込んだ。同時に、きょとん顔の璃桜が面白すぎて思わず噴き出した。



「ちょ、口に詰め込まれたら、話せねぇだろ、……璃桜面白すぎ」

「へ、あ、そういう事!?  何だぁ、良かった」

「俺、栗餡一番、」



 好き。



「そうなの? じゃあ、これから栗餡たくさん買ってくるね」



 あーあ、お菓子なら、こんなに簡単に一番好きって言えるのになぁ。



「あ、あとね、平ちゃんに、これ……」

「え」



 少しだけ恥ずかし気に璃桜が取り出したのは、竜胆色の組紐。



「璃桜、これ、」

「あのね、こないだ、そうちゃんと出かけた時に買ったんだ。髪結い紐、なんだけど……」

「……くれんの?」

「いつも、……平ちゃんにお世話になってるから」



 はいっ、と笑顔で差し出された、竜胆色。

 ジワリと、その輪郭が歪んだ。慌てて、刀をとるふりをして部屋の方を向いた。



「平ちゃん?」

「あ、俺、刀に結ぶわ。髪だと見えねぇからよ」



 どうしたらいいのだろう。小さな贈り物だけどこんなにも嬉しい。磨いた刀を鞘に納め、その柄に璃桜にもらった組紐を巻き付けた。



「……あれ」



 紐がうまく結べない。
 如何しても、縦結びになってしまう。

 結び目の上に鎮座する不格好な蝶に、苦笑が零れた。

 下の紐を引いて、その存在を無いものにした。




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