蝶々結びの片紐

桜樹璃音

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第16話

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 何だこれ。
 何が、起きた?

 璃桜の、薫り。
 璃桜の、腕。
 璃桜の、髪。
 璃桜の、身体。

 璃桜の、………、

 途中から、分からなくなった。いいや、感じるのを、止めた。

 感覚が、自分の境界が、壊れる気がして。



「……へいちゃ、……っ、ひっく、」



 キミが泣くのは、いつだって、彼の事。

 俺だって、泣かせたい。
 俺だって、抱きしめたい。

 俺だって、触りたい。
 俺だって、口づけたい。

 俺だって、俺だって、俺だって。

 なのに、如何して。
 柔らかな身体に、腕を回すことすら、できない。



「………としぞ、が、……っ、」



 好きだよ、璃桜。俺のもんになってよ。

 そう、伝えたいのに。

 彼の名を口に出して泣きじゃくる璃桜に、そんな事言えるはずなんてなくて。

 ほんと、ちいせぇやつだ俺は。

 だから。

 他の人を……土方さんを想うが故に零れる涙を拭くことが、俺の、定めなのだろうか。



「………」



 痛い。どこが?

 喉が。頭が。関節が。――――心が。

 俺という存在が、悲鳴をあげそうだけど。



 “諦めるのですか?”



 記憶の中の遊女に向かって、にやりと笑う。

 いいや、諦めないね。俺は、俺の定めを全うしてやるよ。



「璃桜は笑ってたほうが可愛いって。そんな璃桜のおかげで、俺も毎日楽しんでんだよ。土方さんもきっとそうだろ」



 嘘と虚偽で塗り固めた、満面の笑みで。



「だからほら、璃桜、笑えよ?」



 なんて、満身創痍の今にも泣きそうな俺が言えたことじゃねーけどな。



「悩みなんて、いつかきっとどうにかなる! 大丈夫だからよ、ほら、な!」



 自分で吐いた言葉が自分に刺さる。

 おかしくなりそうな誘惑に負けないように、全意識を覚醒させる。

 おい、今まで戦ったどの敵よりも強ぇぞ、璃桜。ともすればその甘い香りにやられちまう。

 璃桜の肩に手を乗せて、そのまま、引っぺがす。己の額を、璃桜の額に、こつんと優しくぶつけた。




 そのまま、璃桜が落ち着くまで、ずっとそうしていた。

 涙が止まって、すん、と鼻を鳴らす璃桜。口付けてしまわないように、ぎゅっと唇を噛み締めて、気合を入れて目を合わせた。

 璃桜の真ん丸の瞳の中には、満面の笑みで泣きだしそうな俺が映っていた。



「……何だよ、きょとんとしやがって」

「……ぷっ」

「……笑うな」

「……平ちゃん、あっつ……」

「……熱あんだよ」



 誰かさんの所為で、と口の中で転がす。



「そんなお熱さんには、あとで冷やし飴持ってきてあげる」



 涙を拭いながら、璃桜は、さっきまでの泣き顔はどこへやら、口元を緩めてくすっと笑う。

 そんな風に言えるくらいには、回復したってことか。そりゃよかった。



「おうよ」

「平ちゃん?」

「ん?」

「大好き」



 それ以降、何を言ったか、何を言われたか、分からなかった。



「…………飴、待ってんぞ」



 その一言と一緒に布団にダイブし、ごそごそとくるまった俺を見て、璃桜はそっと部屋を出ていった。

 ぱたんと扉が閉まった時、ころりと涙が転がった。額にのっかった掌が酷く柔らかくて。抱きついてきた矮躯の感触が色濃く沁みついて。

 最後の言葉に、胸が躍りすぎて。
 ……相対して、俺が、汚すぎて。

 如何して、キミは。
 そんなにも、“女”なのだろう。

 ああ、駄目だ。俺、やっぱり璃桜が好きだ。
 たとえ、キミが、俺を好いていなくとも。

 俺は、キミが俺を好きになってくれる可能性が1%でも存在するのなら、諦めない――違う、諦められない。



「……女々しいな」



 溜息を零して、枕に顔をうずめた。

 俺の目から零れる雫は、枕に沁み込んで、見えなくなった。

 他の人のことで流す涙を、拭うことがいかに心に傷を作るか。璃桜を好いて、初めて、知った。

 彼女との思い出は、いつもどこか塩辛い。

 神様、仏様。ああ、もういっそ誰でもいい。



 “歳三!!”



 そう言って笑う彼女を、俺の記憶から消して欲しい。

 大嫌いってそう思えたのなら、こんなに苦しくなることはないのに。

 夢に、見るんだ。
 キミが、俺に向かって。

 ――愛してる。

 そう、ほほ笑んでくれる夢を。


 だから。



 “大好き”



 そんな。

 可愛くて。
 愛しくて。

 …………残酷な、キミを。

 まだ、俺は、この先もずっと――想い、続けるのだろう。






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