蝶々結びの片紐

桜樹璃音

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第13話

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「……っ!」

「は、」



 触れる。動く。ただ、欲望を満たすためだけに。

 細かく上がる嬌声が、雄の自分を引っ張る。切り裂かれた心から、どろりと汚らしい感情が溢れ出す。それは、俺の血管を巡って、俺のそこら中を黒く染める。

 その黒から逃れたくて、彼女を強く抱き締めた。



「……ん、っ」



 肌を桜色に染めた彼女が、何かを探すように此方に腕を伸ばす。その切ない仕草に、思わずその指を摑まえた。

 そのまま指を絡め、握り合ったお互いの手のひらは、ただひたすらに、此処にはいない誰かを求めていた。



「―――――!」



 ただ一方的に、終わらせた。

 ………ごめん。

 謝罪の言葉を口にのせる事すら、出来なかった。

 代わりにして。乱暴にして。
 物みたいにして―――――偽者にして。



 あがった息をそのままに、ずるりと力を抜けば、偽者の彼女はまるで本者かのように、吐息を零して顔を覆った。



 ――――璃桜。

 同じことが好きだとわかったり。同じところで笑ったり。馬鹿みたいに騒いだり。縁側で昼寝したり。

 ただ好きでいるだけなんだから、当たり前に、それが続くって―――――そう思ってた。


 だけど、気付いたんだ。

 ごめん。俺が、璃桜のことを好きだって、そう思ってしまったあの日。

 あの日が始まりで、終わりなんだ。

 この世界の中では、―――――二人は友達にはなれないって。

 だから、振り向いてすらもらえない俺はもう、璃桜の隣にいるのが苦しいんだよ―――――。



「………こっちを、見て」



 柔らかに落とされたその言葉とともに、思考がぶった切られた。は、と吐息が零れる。

 恐る恐る、目を開く。
 そんな俺の頬を優しい手が挟み、顔を合わせられる。

 目が、合う。視線が、交じる。
 ぽたりと、俺の髪から落ちた雫が、彼女の柔肌に弾けた。

 彼女の指が、俺の頬をそっと撫でた。誰かを求めている、その指。

 沈黙が、支配する。

 数秒の間を空けて、先に視線を逸らしたのは、俺の方だった。



「………何」



 言いたいことがあるなら、早く言えよ。

 そう続けようとして、口を開いた。
 刹那。



「……その人に似ている私を抱いて、忘れられるのですか?」

「……っ」

「……貴方の気持ちは、そんなものなのですか?」



 怒りが臨界点に達して、昇華した。イラつきも何もかも、どっかに消えた。

 残ったのは、無気力感と、璃桜への気持ちだけだった。



「……そんなものなわけ、ねえだろ」



 好きで好きで好きで好きで、仕方ねぇんだ。今だって、脳裏には璃桜が張り付いてるんだ、まるで何かの呪いみたいに。

 だから何だってんだよ、そう言おうとした俺を初めのようにねめつけた彼女は、言葉を紡いだ。



「私も……お慕いしている人が、おりました」

「え……?」



 ぽつりと吐き出されたその告白に、がん、と頭を殴られたような気がした。

 初めて自分から目を合わせた。けれど、彼女の瞳はその長い睫毛の陰に隠されていた。



「もう、いないんです」

「え」

「私を置いて、逝ってしまいました」

「………そっ、か……」



 何も言えなかった。否――何も、言ってはいけないと思った。

 こんな甘っちょろい俺がかける言葉は一つもない。



「諦めるのですか」

「……っ」

「……まだ会えるのに。……貴方は、その人の傍にいることが出来るのに」



 凛とした声音の中に響く哀しい音に、胸を刺されたような気がした。

 不甲斐ない自分に、情けない自分に、涙が出そうになった。


 悔しい。
 透明な感情が瞼を超えて溢れる前に、上を向いて目を見開いた。





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