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第10話
しおりを挟む冷たい。春の夜風に冷やされて、雨にしとしとと濡らされて、俺の火照った身体は冷まされていく。
ああ、俺は、璃桜にとって必要ねぇヤツなんだな。
冷静になっていく思考回路に、零れそうな溜息を飲み込んだ。
二人の間に、何があったのかなんて、知らねぇ。どんな絆が、どれほどの信頼があるのかなんて知ったこっちゃねぇ。
けどよ。
いつもいつも土方さんの話ばかりする璃桜。
璃桜のことが大切でしかたねぇ土方さん。
そんな二人の隙間に、どうやったら入ることが出来るんだよ。出来る訳がねぇだろう?
堪えきれずにふーっと出てきた溜息が、露点に達して白く舞う。
その行方を目で追った。視線の先端が追い付く前に、ふっと消えてなくなった。
と思ったら、視界に。
「……璃桜…?」
人影が、映った。
淡い色の着物に身を包み、髪を靡かせて、俺の前を歩いていく。
その雰囲気が、醸し出す空気感が、俺の恋焦がれている人そのもので。
「………璃桜……!!」
名を、呼んだ。
けれど、キミは振り返ってなんてくれずに、すたすたとその足を進める。
傘がくるりと廻り、視界を遮る。
嘘だろ? さっきのまだ怒ってんのか?
そう思ったら、苦しくなった。いつものように、何もないことにして声をかけるのが躊躇われた。だから、そっとその背を追った。
彼女の足は、迷いなく進んでいく。
目的の場所は、直ぐ近くだった。
――きらびやかな光が零れる、大人の世界。
「……どして、璃桜が?」
目の前の想い人は、遊郭の一角へ向かっていた。
「ちょ……璃桜、なにして、」
驚きで、自分の声が途切れた。目の前の濡れた髪が光を放つ。
「………如何されました」
振り向いたその人は、璃桜に良く似ているだけ。別の、女だった。
「…………あ、いや、」
人違い。その事実に、どくんと心臓が音を立てた。
どれほど、想えば、―――終わりが来るんだよ?
俺は、璃桜が視界からいなくなるたびに、璃桜を欲してる。
「――っ」
溜息を、飲み込んだ。喉は、音を立てずに上下した。
「………仕事があるので、失礼しても?」
ぼんやりとした光の中で、眉根を寄せた女は、面倒くさそうに濡れた髪を払う。
「……人違いです。すみません」
「そうですか。それでは」
小さなお辞儀をして、女は店の裏へ消えていく。
しとしとしと。
雨が、降る。
俺の肩に、頭に、――――そして、心に。
「――待って!!」
心をどろどろに溶かすその雨が、濡れそぼった華奢な肩に手をかけさせた。
「……?」
怪訝そうな瞳を揺らして振り向いた顔は、やっぱりどこか璃桜に似ていた。
「君は――遊女?」
「……ええ。用があるならこの店へ」
ごくり。
今度は、喉が、鳴った。
「――――今日、客は」
「……残念ながら。この性格ですので」
自嘲気味に笑う雨に濡れた彼女。
自分と同じ、匂いがした。
だから―――――魔が、さした。
「じゃあ――――俺が、買ってもいいよね?」
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