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第9話
しおりを挟む背中が痒い。だけど、届かなくて、掻くことが出来ない。
そんな宙ぶらりんな気持ちのまま、夕餉を済まして、風呂に入って。
風呂の外から聞こえてくる隊士たちの楽しそうな声にイライラする。そんな自分にイライラする。もうなんか、全部嫌になった。
嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
風呂からの帰路、どたばたと廊下に八つ当たりをしながら歩いてみた。
通り過ぎた部屋の隊士たちが、驚いて顔を外に出してはひっこめる。まるで、もぐら叩きみてぇだ。叩いてやろうか。
仏頂面で歩く俺の思考は、どうにかして鬱憤を晴らそうと、加速していく。
――――――璃桜なんかもう嫌いだ。俺の気持ちを考えもしないで、良い子ちゃん面をしていて。まるで俺が、ただの餓鬼みてぇじゃねぇかよ。いや、餓鬼だけどよ。そういうことじゃねぇんだよ。
憤りながら、自分の部屋へ進む。
だけど、その気持ちは。どうしても何処かでブレーキがかかる。
そして、くるりと反転し、逆方向へ向かっていく。
璃桜が、嫌い?
………そんなわけが、無いじゃんか。
好きだよ。好きだ。好きに決まってんだろう?
そっと言葉にのせようとした。喉に張り付いた言葉は、出て来なかった。代わりに出てきたのは、小さな溜息と、俺のもやもやの原点。
“好きだけど、嫌い”じゃなくて、たぶん、“好きだから、嫌い”なんだ。
やり切れない思いが、溢れ出す想いが、己の足音を小さくしていく。そして、ぱたりと、音を立てなくなった。
暗闇の中、ふと前を向けば、自分の部屋などとうに通り過ぎて、行き止まりの角部屋。
………璃桜と鬼の副長の、部屋だった。
ぼんやりとした灯りが、数㎝だけ開いた襖から部屋の内部をふわりと浮かび上がらせていた。
目を逸らそうとした。けれど、逸らせなかった。
足が床に縫い留められたように、感じた。
数秒後、心が鉛のように重くなった。どうにか足を動かして、身体を翻して、顔を背けて。その場所からできるだけ離れようとした。そうでなければ、心が壊れてしまうと思った。
見なければ、良かった。
見たくなんて、無かった。
柔らかな光に包まれて、艶やかな黒髪をおろして寝る支度をした土方さんが、寝ている璃桜の頬にそっと触れながら、とても優しい顔をしていた。
とても、愛おしそうに。
まるで、宝物のように。
くっきりと焼き付いたその光景は、俺の足を雨のそぼ降る屯所の外へ向かわせた。
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