蝶々結びの片紐

桜樹璃音

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第7話

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「平ちゃん!! きいてよ! 歳三ってばね……」

「おう」



 まただ。

 璃桜の話には、必ず毎日一回は、“歳三”という単語が出てくる。

 それに、無性にイラつく。

 ふわりと頬を撫でていく生暖かい風が、自分の気持ちの遣る瀬無さを助長する。

 もう、春はすぐそこだ。

 ぽかぽかと暖かい陽だまりの中の縁側と違って、俺の心は黒く汚い色で染まっていく。



「でね? 酷いんだよ」



 春らしい淡い桜色の単衣に身を包んだ璃桜は、ぷうっと頬を膨らませて愚痴を言っている。

 なのに、その唇は、優しく弧を描いていて。



「………ふーん」



 璃桜にそんな横顔をさせる鬼の副長が、酷く羨ましい。

 ああ、黒い。心が、真っ黒だ。

 沈んだ気持ちが顔に出てしまったのだろうか、璃桜がはっとしてその綺麗な眉を下げながら謝罪の言葉を唇にのせる。



「あ、ごめん、愚痴ばっか」

「……いや? 別に、大丈夫だって」



 大丈夫、って。

 苦笑が零れる。

 だって、そんな訳がないだろう?

 これは、詰まる処、酷くつまらない、嫉妬。

 璃桜にそんな顔ばかりさせてしまう、そんな自分が嫌すぎて。もっと大人になりたくて。嘘ばっかり吐いて、虚勢を張る。

 ああ、駄目だ。
 黒く、滲む。深く、染まる。

 汚い気持ちを隠そうと、膝の上にのっていた総司御用達の甘い饅頭を、口に含んだ。

 ほろりと、塩気のある餡が口の中に崩れてきた。少しだけ、しょっぱい。追いかけるように、ふわっと甘みが口内を支配する。

 きっと、俺の顔が、甘さに綻んだんだろう。



「平ちゃん」

「ん」

「……ありがとう、ね」

「…………ん?」



 璃桜が、俺の顔を覗き込むようにして、そっと笑いながらありがとうと言った。



「平ちゃんがこうやって愚痴を聴いてくれて、私本当に助かってるんだ」

「………」



 ああ、キミは。何て、残酷なお姫様。



 春風が、彼女の髪をさらって吹き抜けた。さっきまでは生暖かっただけなのに、璃桜の髪を揺らして、今では淡い桜色に見える。

 その色彩も相まって、黒い気持ちを覆い隠すのに成功した俺は、口内に残る甘さを舌で転がしながら、微笑んだ。



「愚痴も大事じゃん」

「うん……でも」



 申し訳ないし、と下がった眉をさらに下げる璃桜の肩を服の上からぽんと触った。それだけで、俺の指先に熱が灯ったことなんて、彼女は知らない。



「愚痴ったら、すっきりすんじゃねぇの? それの助けになれてんだったら俺は十分だからさ」

「平ちゃん……、ありがとね」

「任せろって」



 情けないなぁ、と笑う璃桜の横顔を眺めていたら、再び喉元まで出てきた黒い気持ち。それを、ぐっと飲みこんだ。そのまま、「まぁ」と顔を逸らして、俺はいつもの台詞を言う。



「………そんな璃桜が好きだって言ってんだろ」

「……またそんなこと言って! 何も出ないよ!!」



 バシン、と背中を叩かれる。



「いって」

「もー! 冗談ばっかり言うからじゃん!!」



 恥ずかしそうにした璃桜が振りかぶった、細い手首を摑まえようと手を伸ばした。

 けれど、伸ばした指先が、その肌に届くことはない。



「ほら、腐ってんのにそれだけの力があんなら、さっさと手合わせでもしにいこーぜ」



 ゆるり立ち上がって、空を見上げた。璃桜の顔を見ていることが出来なくて。

 ……本気、なのに。

 顔を逸らさなければ、言えないほどには。言った後に、顔が朱に染まるほどには。――その肌に、触れる勇気がないほどには。



 見上げた空は、皮肉かと思う程に、今日も酷く透き通った蒼だった。








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