泡沫の願い

桜樹璃音

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「土方さん、璃桜を、ずっと護ってあげてください」

「は」

「ずっと、幸せにしてあげてください」

「総司? 何言ってんだよ。認めてもらっても何も嬉しくねぇぞ」

「……知ってますよ」



 俺だって、言いたくない。



「じゃあ、おめぇも璃桜が好きなんだったら、自分の力で、」

「……出来ないから、言ってるんじゃないですか」



 きっと俺は、彼女のことをずっと幸せにできるだけの命は持ってない。



「俺は、これから病気になるかもしれない、から」

「………は?」



 正直、この病魔から逃げたくて仕方がないんだ。

 だって、こんなにも、普通に生活しているというのに。
 璃桜の為だけに生きていた俺の中で、この壬生浪士組は大切な居場所となった。

 仲間の為に、何かできることが嬉しくて仕方ない。

 でも、病気になんてなったら、何も出来なくなってしまう。
 璃桜を護って、璃桜と共に、生きていくことさえも。



「何、馬鹿なこと言ってんだよ、おめぇはこんなに元気じゃねぇか」

「……なるんです、この先」



 予兆が、ちらついているから。

 なりたくなくても、どれ程そう願っても、きっと、運命からは逃れられないから。



「………璃桜、か…? 璃桜が、おめぇにそう言ったってのかよ」

「………っ」



 何と答えていいのか分らなくて、黙って俯けば、途端土方さんが立ち上がって。



「何処に行くんですか」

「璃桜のとこに決まってんだろ。おめぇが病気なんてありえねぇ。撤回させる」



 そう言うや否や歩き出そうとするその足に、がっとしがみ付いた。



「何言ってんですか、止めてくださいよ!」



 ぐっと、その漆黒に捕まり、胸倉を鷲掴みにされた。



「いいか、総司」



 睨みつけるように、こっちを見下ろす土方さん。



「おめぇはこの先も、近藤さんや俺らと一緒にずっと笑って生きてく運命なんだよ!!」



 一息に落とされた言の葉。



「……あ」



 その篤さに、ぐっと心が動いた。零れそうになる涙を、必死で止める。だって、泣くなんて、恥ずかしくて、耐えられない。

 誤魔化すように、言葉を押し出す。



「……璃桜は誰が、護るんですか?」

「俺たちで、護ればいいだろーが」

「でも、もし、病気になったら、」

「なんねぇよ」



 そう言って、俺の肩を握りしめて。



「頼むから」



 俺の顔を覗き込んで。
 鬼の副長が、泣きそうな、顔で。



「…………馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」



 ああ、涙腺が。
 決壊、した。

 ぱた、と一粒だけ落ちる涙。




「……っ、う」



 俺だって、ずっと傍にいたい。皆と、馬鹿やってたい。

 けれど、それが無理だったとき。
 俺の大事なものは、無防備になってしまうから。



「クソガキ」

「……るせぇ」

「あん? 19の餓鬼がほざいてんじゃねぇぞ。一人で悩みまくって俺しか頼れなかったくせによ」



 当たってるところがむかつく。
 黙って顔を俯かせてれば、とにかく、と土方さんが言葉を紡いだ。



「おめぇの悩みは、十分に分かったから」

「………嘘つけ」

「ああん!? こっちが優しくしてりゃあ付け上がってんじゃねぇよ」



 煙草の匂いのする肩に、顔を押し付けて涙を拭う。ついでに、鼻水もつけてやった。



「おめぇ、汚ねぇ」



 ぶつぶつ文句を垂れてる副長様に向かって、俺は頭を下げた。



「約束、お願いします。璃桜を幸せにしてください」

「……まだ言うかよ。おめぇは病気になんてなるたまじゃねぇだろが」



 震えるなよ、俺の声。



「違います。俺は、土方さんに譲るって言ってんですよ、璃桜のこと」

「………え」

「あ、でも、俺、土方さんが護れないって判断したらすぐ取り返しに行くんで」

「はぁ!?」

「だって、土方さんと同じくらい、それ以上に好きですもん」

「うるせぇよ! 俺だってなぁ、一番大事なヤツのことくらい言われなくても護ってやらぁ!」

「あ、一番?」

「っ!」



 墓穴を掘った副長様に、畳み掛けるように言葉を重ねる。



「好きなんだ?」

「あーもう! 大好きだって言ったろ!」



 19歳と28歳の馬鹿みたいな戯れ。
 それは、10年以上前から変わらない、家族のようなもので。




 ああ、願わくばずっと。
 こうして、璃桜と土方さんと近藤さんと、試衛館の皆で。

 生きて、笑って楽しくいたいと。

 叶わない願いかもしれない。

 ここから先、何が起こるかなんて、誰もわからない。

 だって、俺たちは“今”を生きてる。

 笑って泣いて、恋をして。
 誰かを、みんなを、愛して愛されて。

 そうやって、人生を創っているから。







 こほ、と咳が出る。
 ひゅう、と肺が鳴る。

 病気になる、そんな運命から、逃れられなくても。

 俺は、俺のことを思ってくれるすべての人のことを。
 そして、璃桜のことを。

 笑顔を。幸せを。

 ただ、護りたい。
 それが、俺の、一生のお願い。

 ああ、神様。
 もう、叶えてくれるなら、誰でもいいや。



 沖田総司、一生のお願いです。



 少しでも、長く。
 みんなと璃桜と、一緒に。
 生きて、いけますように。




 ぱた。
 一粒だけ、涙が、落ちた。



 想いが、溢れて、滲んだ。





















 了

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