泡沫の願い

桜樹璃音

文字の大きさ
上 下
2 / 7

しおりを挟む




 今日は、非番だった。

 立てかけてあった刀を手に取る。かちゃり、と音を立てて、鯉口を切った。

 鈍色に輝く刀身が姿を現す。
 これが血みどろになるとき、俺はこいつを握っていられるのだろうか。

 そんなことを思いながら、布を手に取って、胡坐を掻いた。

 今日は何をしようか、と刀の手入れをしながらぼーっと考えていれば、襖が音を立てて開くと同時に、俺の名を呼ぶ声がした。



「そうちゃん!」



 開いた襖の先には、息を切らせて、頬を上気させた俺の妹――璃桜りおが立っていた。

 一度150年後に飛ばされて、再びこの時代へ時を駆けて戻ってきた女の子。

 それを知っているのは、小さな時に璃桜と会ったことがある土方さんと、兄である俺――沖田総司だけ。

 だけど、本当は……血が繋がっていないんだ。

 俺と璃桜が出逢ったのは、性別もはっきりしていない風貌の頃。

 璃桜と俺はとてもよく似ていた。
 それが全ての始まりだった。

 父親が町の中心部に出かけた時、女衒ぜげんに捕まっている璃桜のことを俺と間違えて助けに行った。その時に、大きな傷を負った父は、そのまま永遠の眠りについた。それから間もなく、母も病気にかかって床に伏した。

 こんな悪事に見舞われるようになったのも、全部璃桜が来てからだった。
だから俺は、璃桜のことが大嫌いだった。

 けれど。


 “璃桜を護って”


 病気で死ぬ間際の母が、俺に向かってそう言った。

 その言葉は、姉が婿を取って継いでくれた沖田家の役立たずである俺の、生きる意味になった。

 だから、璃桜の傍にいる為に自分の姿をずっと偽ってきた。

 ――……双子の、兄だと。



 璃桜を護る為だけに生きてきた。けれども、自分だけこの世界に引きずり戻されてしまった。璃桜がこっちに戻ってきたときは、本当にほっとした。

 だけど、再び会間見えて、俺のことを沖田総司だと知った時の璃桜の表情。

 まるで、信じられないと。

 驚きの中に、絶望が。無理やり張り付けた笑みのなかに、恐怖が。

 見え隠れ、していた。


 璃桜は、未来を知っていると、自分でそう言っていた。平成で、勉強していたから、と。

 思考がぐるぐると、回る。だけど、着実に、嫌な方向へ向かう。




「そんなに急いで。如何したの」



 嫌な思考を切るように、璃桜に向かってそう問いかければ、嬉しそうに報告してきた。



「芹沢さんに、お金を貰ったの!」

「え?」



 芹沢鴨。壬生浪士組の筆頭局長といえば聞こえはいいが、実質、ただの暴君である。金策という名の押し借りをし、遊郭に入りびたり、浴びるように酒を飲み。



「どうして、お金なんて、」



 芹沢さんと璃桜が近づくのは、あまり好ましくない。璃桜は訳あって、男のふりをしてこの場所にいる。あまり距離が近くなって、女だとばれた日には、楽観主義者の自分でも恐ろしい想像しかできない。



「昨日の夕餉ゆうげがおいしかったって!」



 だけど、そんな俺の心配など無用の理由が璃桜の口から紡がれた。



「……そっか、よかったね。で、どうして俺のところに来たの」



 そう問えば、何故か目を逸らす璃桜。じっと見ていれば、困ったように小さく理由を唇から落とす。



「……ちょっとだけど、お金が入ったから、そうちゃんとお出かけしたくて」




 何、この天然記念生物。可愛すぎる。

 言った言葉に急に恥ずかしさを覚えたようで、璃桜の頬が一刷毛朱に染まる。



「……見すぎ」

「可愛い」

「また、そういうこと言う!」



 もっと赤くなった頬を両手で挟むようにしながらこちらを睨んでくる璃桜に、理性のタガが外れそうになる。

 そうやって、キミは俺を困らせる。
 俺は、キミの“兄”なのに。



「……ねぇ、一緒に出かけてくれないの?」



 ああ、もう。

 非番でごろごろしようと思っていたけれど、そんなお願いされたら、行くっていう選択肢しか頭の中に浮かばないよ。

 でも、普通に了承したら、つまらないでしょ?



「……どーしよっかなぁ」



 1回渋って見せるけど、どうせ璃桜はすぐ拗ねちゃうから。



「そうちゃんのバカ、もういいもん」



 ほら、ね。



「しかたないなぁ」

「やった!」




 ぴょん、と跳ねそうな勢いで喜ぶ璃桜に、知らず知らず、微笑んでいた。

 ああ、自分は、こんなにも璃桜に幸せをもらってるんだ。
 俺も、璃桜にあげられてるかな。

 なんて、陳腐な台詞が浮かんでしまったのは、ここだけの秘密。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

とある女房たちの物語

ariya
ライト文芸
時は平安時代。 留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。 宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。 ------------------ 平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。 ------------------ 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。 土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──? 激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。 参考・引用文献 土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年 図説 新撰組 横田淳 新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博

Rotkäppchen und Wolf

しんぐぅじ
ライト文芸
世界から消えようとした少女はお人好しなイケメン達出会った。 人は簡単には変われない… でもあなた達がいれば変われるかな… 根暗赤ずきんを変えるイケメン狼達とちょっと不思議な物語。

甘ったれ浅間

秋藤冨美
歴史・時代
幕末の動乱の中、知られざるエピソードがあった 語り継がれることのない新選組隊士の話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/852376446/419160220 上記の作品を書き上げてから、こちらの作品を進めたいと考えております。 暫しお待ち下さいませ。 なるべく史実に沿って書こうと考えております。 今回、初めて歴史小説を書くので拙い部分が多々あると思いますが、間違いがあった場合は指摘を頂ければと思います。 お楽しみいただけると幸いです。 調べ直したところ、原田左之助さんが近藤さんと知り合ったのは一八六二年の暮れだそうです!本編ではもう出会っております。すみません ※男主人公です

処理中です...