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しおりを挟む今日は、非番だった。
立てかけてあった刀を手に取る。かちゃり、と音を立てて、鯉口を切った。
鈍色に輝く刀身が姿を現す。
これが血みどろになるとき、俺はこいつを握っていられるのだろうか。
そんなことを思いながら、布を手に取って、胡坐を掻いた。
今日は何をしようか、と刀の手入れをしながらぼーっと考えていれば、襖が音を立てて開くと同時に、俺の名を呼ぶ声がした。
「そうちゃん!」
開いた襖の先には、息を切らせて、頬を上気させた俺の妹――璃桜が立っていた。
一度150年後に飛ばされて、再びこの時代へ時を駆けて戻ってきた女の子。
それを知っているのは、小さな時に璃桜と会ったことがある土方さんと、兄である俺――沖田総司だけ。
だけど、本当は……血が繋がっていないんだ。
俺と璃桜が出逢ったのは、性別もはっきりしていない風貌の頃。
璃桜と俺はとてもよく似ていた。
それが全ての始まりだった。
父親が町の中心部に出かけた時、女衒に捕まっている璃桜のことを俺と間違えて助けに行った。その時に、大きな傷を負った父は、そのまま永遠の眠りについた。それから間もなく、母も病気にかかって床に伏した。
こんな悪事に見舞われるようになったのも、全部璃桜が来てからだった。
だから俺は、璃桜のことが大嫌いだった。
けれど。
“璃桜を護って”
病気で死ぬ間際の母が、俺に向かってそう言った。
その言葉は、姉が婿を取って継いでくれた沖田家の役立たずである俺の、生きる意味になった。
だから、璃桜の傍にいる為に自分の姿をずっと偽ってきた。
――……双子の、兄だと。
璃桜を護る為だけに生きてきた。けれども、自分だけこの世界に引きずり戻されてしまった。璃桜がこっちに戻ってきたときは、本当にほっとした。
だけど、再び会間見えて、俺のことを沖田総司だと知った時の璃桜の表情。
まるで、信じられないと。
驚きの中に、絶望が。無理やり張り付けた笑みのなかに、恐怖が。
見え隠れ、していた。
璃桜は、未来を知っていると、自分でそう言っていた。平成で、勉強していたから、と。
思考がぐるぐると、回る。だけど、着実に、嫌な方向へ向かう。
「そんなに急いで。如何したの」
嫌な思考を切るように、璃桜に向かってそう問いかければ、嬉しそうに報告してきた。
「芹沢さんに、お金を貰ったの!」
「え?」
芹沢鴨。壬生浪士組の筆頭局長といえば聞こえはいいが、実質、ただの暴君である。金策という名の押し借りをし、遊郭に入りびたり、浴びるように酒を飲み。
「どうして、お金なんて、」
芹沢さんと璃桜が近づくのは、あまり好ましくない。璃桜は訳あって、男のふりをしてこの場所にいる。あまり距離が近くなって、女だとばれた日には、楽観主義者の自分でも恐ろしい想像しかできない。
「昨日の夕餉がおいしかったって!」
だけど、そんな俺の心配など無用の理由が璃桜の口から紡がれた。
「……そっか、よかったね。で、どうして俺のところに来たの」
そう問えば、何故か目を逸らす璃桜。じっと見ていれば、困ったように小さく理由を唇から落とす。
「……ちょっとだけど、お金が入ったから、そうちゃんとお出かけしたくて」
何、この天然記念生物。可愛すぎる。
言った言葉に急に恥ずかしさを覚えたようで、璃桜の頬が一刷毛朱に染まる。
「……見すぎ」
「可愛い」
「また、そういうこと言う!」
もっと赤くなった頬を両手で挟むようにしながらこちらを睨んでくる璃桜に、理性のタガが外れそうになる。
そうやって、キミは俺を困らせる。
俺は、キミの“兄”なのに。
「……ねぇ、一緒に出かけてくれないの?」
ああ、もう。
非番でごろごろしようと思っていたけれど、そんなお願いされたら、行くっていう選択肢しか頭の中に浮かばないよ。
でも、普通に了承したら、つまらないでしょ?
「……どーしよっかなぁ」
1回渋って見せるけど、どうせ璃桜はすぐ拗ねちゃうから。
「そうちゃんのバカ、もういいもん」
ほら、ね。
「しかたないなぁ」
「やった!」
ぴょん、と跳ねそうな勢いで喜ぶ璃桜に、知らず知らず、微笑んでいた。
ああ、自分は、こんなにも璃桜に幸せをもらってるんだ。
俺も、璃桜にあげられてるかな。
なんて、陳腐な台詞が浮かんでしまったのは、ここだけの秘密。
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