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十月、鍵、生きたい
第4話
しおりを挟む上を向いた。瞼に天からの光が落ちてくる。目を瞑った。明るくて何処かあたたかくて、少しだけ優しい気持ちになった。
小さな安堵が俺をゆるりと満たしていく。柵も何もない屋上の解放された空間を切り裂く様に腕を振る。空気が跳ねて、シャツにくっついていた埃が舞い飛ぶ。
歩く。月明かりは強さを増す。
空に浮かぶ檸檬を見ながら歩いていたら、縁まで来ていた。下をそっと覗き込んでみれば、下にはプールがあった。勿論こんな夜には、誰もいなかった。
この屋上からプールの底まで、それは確かに奈落だった。俺の憂いを解放してくれる深さであり、全部飲み込んで何も無かった事にしてくれる溝渠に思えた。
ああ、居無くなってしまいたい。
そんな言葉が、脳裏を駆けた。
俺が居無くなっても、世界は決して、止まらない。紅井の御曹司が学校の屋上から飛び降りたなんて言うニュースは、一時は日本をにぎわせるかもしれないけれど、きっと新聞の片隅に載って誰かに捨てられて踏みつけられて消えていくんだろう。
「はは」
湿った笑いが零れる。
屋上の白いコンクリートでできた縁に、そっとローファーの先端を揃えた。このままバランスを崩せば、堕ちて逝ける、そう思った刹那。
「っ」
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。振動が腿に伝わってきて、思わずびくりと震える。
メッセージならばすぐに止まるはずのバイブが、いつまで経っても止まらない。
バクバクと鳴る心臓を右手で押さえながら、左側のポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
その真っ黒な液晶に光っている名前に目を見張った。親指が無意識の中で、その緑色のマークをスワイプしていた。
通話中のカウントが始まって、きっかり5秒、漸くその媒体を耳に当てる。
「……もしもし、」
やばい、声が、……震える。ああ、泣きそうなのか、なんて、他人事みたいに思う。
「――……すぐり?」
ツン、と鼻の奥が痛む。じん、と目頭が熱くなる。溢れそうになる感情を堪える為に、精一杯目を見開いて上を見上げた。
「…………何、はぐ」
名前を呼ぶだけで、こんなにも胸からジワリと何かが零れそうになる。小刻みに戦慄く唇を止めるために、ぐっと歯を食いしばる。
縁にのせていたローファーが、屋上のタイルに打ち付けられて、カツン、と音を立てた。
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