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十月、鍵、生きたい
第2話
しおりを挟む大分離れている最寄り駅まで走った。駅まで自分の足で行くのは、いつぶりだろうか。もう忘れてしまった。
バタバタと硬いローファーが、駅までの道を俺に示すコンクリートに跳ね返っては硬い音を立てる。秋の夜の温くて、けれど確かに冬が近づいてきている空気が、俺の口から入って、喉を刺す。
ICカードを叩きつけて、改札を通る。エスカレーターの動きを待つことが出来ずに、階段を駆け下りた。
は、と浅い呼吸を繰り返しながら、漸くゆるりと世界を見回した。
夜の足音が辺りに響くこの時間帯、最寄り駅のホームは、その孤独な音に抗う様に、人に溢れていた。
帰宅途中で、誰かと笑いながら電話をするサラリーマン、友達と楽しそうに冗談を言い合うギターを背負った大学生、そっと手を繋ぎながら顔を見合わせて寄り添う制服姿の高校生。
その姿は、希望に溢れていた。未来を、知っていた。
怒りに全身浸っている癖に、綺麗に白いシャツと黒いスラックスを着こなしている俺とは、大違いだった。自分自身の過去を形作っている全てを否定した俺は、未来も、希望も、何も、持っていなかった。
ひたすらに、はぐみに逢いたい、と思った。唯一俺が持っている、俺の事をちゃんと見てくれる感覚を、もう一度、確かめたいと思った。
滑り込んできた電車に自分の足で乗り込んだ。
そうして、次に俺の足が動いたのは、学校の最寄り駅に、電車が音を立てて停車した時だった。車掌の何処か機械的な声と電子的な旋律を背に、俺のローファーは黄色のでこぼこにぶつかって、カツン、と硬い音を立てた。
けれど、ひたすら、カツカツと音を立てながら、歩いた。気が付けば、いつもの様に、部活棟の重たい扉を開けていた。
ギィ、と軋んで開いた扉の隙間を擦り抜けて、誰もいない階段を昇る。きっと今、警備員が俺の姿を見たら、正装の俺がここに居る事に驚いて腰を抜かすのだろうな、と思って、だけど、紅井の名前以外何も持っていない空っぽの俺なのだから、その反応で正しいのだろうな、と少しだけ乾いた笑いが零れた。
カツン、と音を立てて、旧生徒会室の扉の前に立った。俺はやっぱり、如何しても、ここに来てしまうのだ。
溜息を吐きたくなる気持ちをごくりと喉の奥に押し込んで、ポケットの中にある小さな生徒会室の鍵を穴に差し込んだ。右に回す。いつも感じるシリンダーが回った重みが、俺の指に直接響いて、淡い期待が泡沫みたいに弾けて無くなった事を知る。
「……いるわけ、無いよな」
はぐみが、ここに居てくれるのではないかと、そんな馬鹿みたいな可能性を否定しきれなかった自分自身に、居た堪れなくてははっと笑ってみた。けれど、全然面白くなかった。
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