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十月、不条理、反抗
第7話
しおりを挟む「自分が他人を踏みつけている、と自覚して踏み台に出来る人間というのは、何処かに怖いものがある」
キャビアを口に放り込む父親は、軽く笑いながらそんな事を言った。
「……そう、だね」
心に浮かんだ気持ちの正反対を答えた。俺は、無自覚のまま無意識に他人を踏みつけていく人間をたくさん見て来た。
善意のつもりで、正義を振り回して、他人を踏み砕いていく人間ばかり見て来た。まるで自分だけで成り上がったかのように振る舞う人間。
本当に怖いのは、そういう奴らじゃないのか。
自覚して、意識的に踏みつけている人間は、ちゃんと何処かで傷ついて、それすら自分の所為にして、全部、ぜんぶ、受け止めて傷だらけになりながら生きているというのに。
はぐみの顔が浮かんだ。
彼女は、精一杯、踏みつけにして来た人たちに報いようと、その全部を賭けて戦っているというのに。
それがこの男には分からないのだろうか。そう思って、分かる訳が無い、と思った。
だってこの男には結果がすべてなのだ。その過程で誰を踏みつけにしようと、関係ないのだ、きっと。
いちいち傷つく暇もないほどに、この男が求め続けているものは大きくて、誰しもが望むもので、俺にとっては、酷く詰まらない何かなのだ。
何度も何度も歯を食いしばった。唇を噛み締めた。そうしていなければ、感情が喉元を超えて飛び出てきてしまいそうだった。
間が持たなくて、エビに手を伸ばした。けれど、俺の目の前からエビは既に居なくなっていた。
こうなったら、さっさと話を終わらせるに限る。そう思って、目の前にいる完璧主義者の男に今日ここに呼んだ理由を訊いた。
「で、用件は何」
「お前、今何歳だ」
「……は?」
「何歳だと訊いている」
溜息すら零れない。ごくん、とエビを飲み込んで答える。
「16歳」
「ふむ、まだ16か」
「まだ16だけど、何か」
誕生日は5月。だから早いほうなのだけれど、この男は不満げに顎に手を当てて何かを考えている。
「男が結婚できるのは18歳だから、まだ早いか……いや、まぁ、構わないか」
「は?」
今、何て? ――……結婚?
思わずハ行母音aの音を疑問符と共に零せば、目の前の男は、エビを咀嚼しながら言う。
「そろそろ婚約する時期だろうと思って、見繕っておいた」
そう言った父親が手を叩く。同時に扉が開いて、父親の側近が封筒を手渡す。じっと目の前で行われている事を見ていれば、彼が取り出したのは、綺麗に着飾って微笑みを零す、女達の写真。
ある者は振袖、ある者はドレス、全員が、写真の中からこちらを見て、笑っていた。
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