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九月、出逢った日の事、文化祭
第4話
しおりを挟むその日の夜に、彼女の事を調べた。全校生徒の顔写真と名前と住所などの個人情報を見る事なんて、ご飯を食べるよりも簡単な事だった。
写真の中の彼女は、真っ直ぐな黒髪の隙間から、じっとその漆黒で此方を見据えていた。
その下に書いてある名前に、思わず、息を呑んだ。
「桑野はぐみ」
彼女の名前は、あの愛しい人と、同じ名前だった。
数日間、俺は後悔した。彼女と契約をしてしまった事を。
だって、まさか、同じ名前だなんて誰が思うんだよ。そんな事はありえないと思っていた。やっぱり俺の神様は酷く意地悪だった。
けれどやっぱり、誰もいない虚無感に耐え切れずに、俺は彼女を迎えに行く。
「はぐ」
口づけは何度もした。その真白な肌を撫でた。
だけど、愛しい人と同じ名前の彼女を抱くことだけはできなかった。はぐみ、とは呼べなかった。
もういっその事代わりにしてしまえ、とも思った。そうしたら抱けるかもしれない、と思った。だから「名前を呼んで」と頼んだ。
「すぐり」
簡単にその名を呼ばれて、ぞくり、と肌が粟立った。目の前の彼女はやっぱり、育美とは違うんだと実感して、そうして、涙が滲みそうになった。
だから俺は、はぐみを抱くことはしなかった。ただひたすらにその肌の熱を感じていたくて、指先で撫で続けた。
「貴方、何で授業中に歩き回ってる訳?」
「え、もしかして、……はぐ、本当に知らない? 俺の事」
「知らない」
という事は、純粋にこの人は俺の事を見てくれているという事。その事実にいきなり怖くなった。だから肩書で縛りたくなった。俺の凄さを思い知らせてやりたい、と思った。
御曹司、と言った俺に、彼女は何の興味も示さなかった。
久しぶりに、悔しい、と思った。
その感情は、奇しくも、育美に初めて逢った時と同じ。
「……風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず」
だから俺は、続きを零して隣で笑う彼女を、愛しい彼女の代わりにしてしまうのだ。
一番似ているから、手放すことが出来ないのだ。これが、悪い事だと知っていても、どうしても。
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