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八月、禁断の台詞、未練
第4話
しおりを挟む「おはよ、はぐ」
「……ん、……」
寝起きが良くないのか、何度も目を擦って眠そうにしているはぐみ。こんなふにゃふにゃした彼女は珍しくて、ふはっと笑いが零れた。
「何、はぐ、眠いの?」
「……んー、……眠く、ない……」
そう言いながらももう一度夢の世界へ落ちて行こうとするはぐみの姿を見ていたら、きゅう、と胸が痛んだ。
胸の痛みは無視する事に決めた。だって、きっと、認めたって、誰かの操り人形の自分は何も出来ないし、という事はその想いも何にもならないのだから。
「はぐ、家帰らなくていいの」
「……いえ、……、家!?」
突然ここが何処なのかを思い出したかのように飛び上がったはぐみに、堪えきれずに笑い声が喉の奥から飛び出した。
「……っ、はぐ、やば、……面白すぎ、」
「え、ちょ、ちょっと待って、……今何時!?」
焦ったように鞄を探すはぐみに向かって、笑いを堪えながら、スマートフォンの液晶を差し出した。
画面に表示されるゴシック体の数字は、05:36。始発が動き始めてまだ少ししか経っていなかった。
「良かった……、もう昼とかだったら如何しようかと思ったわ……」
そう言って、大きく溜息を吐いてもう一度ソファにボスン、と音を立てて座った。少しだけ埃が舞って朝陽に煌めいた。カバンどこだっけと呟いた彼女の周りに散った。
「はぐ、昨日鞄持ってなかったよ」
「……そうだった……、私、定期だけ掴んで飛び出したんだった」
「何でここの鍵持ってたの」
「……定期入れの中に、いれてるから」
「ふぅん」
少しだけはぐみの頬が朱に染まって見えるのは、多分、朝陽の所為だけじゃない。
「そんなに俺に、逢いたかったんだ?」
そう揶揄ってみれば、カァ、と頬を赤らめて、ぷい、とそっぽを向く。それですら愛おしくてまた笑いが零れた。
同時に、いつか居なくなってしまうんだろうな、とも思った。
昨日彼女が言った言葉が脳裏に蘇る。
“すきよ、すぐり”
戯言に相反するように、ちゃんと記憶に刻まれたその言葉。その言葉が何処まで続くのかは神様にしか分からない。
もう前を向いて自分の為に生きようと藻掻く事を知った彼女は、きっと俺の事を置いて行ってしまうのだろうな、と漠然とした不安が在った。
それは、悪夢の様に自分を取り巻いて、放してくれないのだ。
自分の思うが儘にならない人の感情だけが、嫌いだった。
はぁ、と溜息を吐いた。彼女は吃驚した様に此方を見上げる。慌てて笑みを唇に貼り付ける。
「溜息吐いたら、幸せが逃げちゃうわ」
「そんなものがあるなら……はぐにあげるよ」
そう軽口をたたく。
だってこの台詞は、あの7月の日に、彼女がその唇から落とした言葉のパロディ。
笑えない冗句だった。
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