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八月、正解、禁断の言葉
第4話
しおりを挟む「え、……すぐり……?」
逢いたくて堪らなかったすぐりが、目の前で生徒会室の扉を半開きにしていたけれど、その事実に驚きすぎた私はぼーっと突っ立っていることしかできなかった。
金縛りから抜け出したのはすぐりの方が早かった。私の右腕を掴んでその巣窟の中に引き入れる。
バタン、と背中で扉が閉まって、そうして、私は久しぶりに、すぐりと二人きりになった。
「どしたの、いきなり」
「……ちょっと……父親と、喧嘩しちゃって」
ポツリポツリと、模試の結果の事、父親に言われた事を唇から落とした。
私が父親に言い返した言葉は、どうしても言えなかった。
言ってしまったら、すぐりが何処かへ往ってしまう気がした。風と共に去りぬ。その言葉の様に、この関係が完了してしまう気がした。
それを厭う臆病者の私は、そっと笑みを口元に貼り付けて、誤魔化した。
そんな私を見て、すぐりはいつもの様にゆるりと言う。
「ふーん、いい子のはぐは、大変だねぇ」
いつもならば、そこでお終い。
桃色と橙色と花浅葱が混じったような光が満たすこの場所で、彼は彼のしたい様にして、私は彼の言うとおりにした。
けれど、今、月明かりに照らされた濃藍の巣窟での彼は、小さく笑って、言葉を落とす。
「はぐは、如何して、勉強するの?」
「え」
「だって、俺と居る時、基本的にずっと勉強してるじゃん。何で?」
じっと真っ直ぐに、その灰白に見つめられて、言葉が出なかった。
は、と吐息を零した私にそっとその腕を伸ばす。頬に、触れる。
「泣いたの?」
「……っ」
「……悔しんでしょ、はぐ」
すぐりが唇から放った言葉に、ぎゅっと目を瞑った。唇を噛み締めた。
そんな私に、月光にその蜂蜜色の髪を煌めかせて、すぐりは更に言葉を落としてくる。
「出来ない自分が……、っていうか、言いなりの自分が」
「そんな事、……」
ない、という否定の言葉は、喉の奥に張り付いた様に出て来なかった。俯いた私を見て、すぐりは私の頬を撫でる。
「あるでしょ。何を頑張ればいいか、何の為に頑張っているのか、自分でも分かんなくなっちゃったんじゃないの」
次々と零される言葉の羅列が私の鼻の奥をツンと痛ませる。溢れてくる感情がこれ以上外に出て来ない様に、歯を食いしばった。口内で、ぎり、と音がした。
「……俺は、はぐが、勉強することで如何にかして自分で自分を認めようと必死になってる様にしか見えないけど」
俯いたまま、目を見開いた。
すぐりが落とす言葉は、全て私の真実だった。
すぐりに剥き出しにされて、漸く、気がついた。
“目に見える何か”を自分の拠り所にしていたのは、他でもない、自分自身だったと。
誰かが創り出したその基準で物事を測って、判断してきたのも、誰でもない、この自分自身だったと。
そうして、私が、一番認めて欲しい相手は、先生でも、親でもなくて、――……自分自身だった、事も。
そっと、顔を上げた。
如何にか涙袋の中で落ち着いている感情の雫は、私の鼻の奥を刺激しただけだった。
目の前で笑いながら私の頬を撫で続ける愛しい彼に図星を指された事が、とても嬉しくて、けれど、酷く悔しかった。
それは、本物の私を見つけてくれたという証拠でもあり、だけど、全部言い当てられるほどの経験値を既に持っているという根拠でもあった。
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