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七月、祭り、気づき
第9話
しおりを挟む「はぐ?」
「っ!」
後ろから呼ばれた。驚いて振り返った途端に目に入った彼の瞳に、ひゅっと酸素が気管に侵入してむせた。ゲホゲホと咳をする私を、すぐりは不思議そうな顔で見つめる。
「トイレの入り口で佇んで……、何か、あった?」
そう言ってじっと私の顔を覗き込んでくるすぐり。慌てて頬に残った水滴を手の甲で拭った。
所々乾いた頬と、ぐじゅ、と詰まった鼻の奥が、私が泣いたという事実をこの身にひしひしと伝えて来た。
「何も、」
「嘘つき」
否定の言葉を発した唇を、彼は塞ごうと顔を寄せて来た。
「嫌っ、」
反射的に、顔を背けていた。距離を縮めてくるそのアッシュグレイの瞳の光を見ることが出来なかった。どうやって接していたのか唐突に全く分からなくなった。
「……はぐ?」
すぐりは、私の初めての拒絶に、驚いたように目を見張り、そうして、傷ついたようにその紅い唇を噛んだ。
その表情に、間違えた、と思った。
「あ、ごめ、……」
んなさい、と零れた小さな謝罪は、ふい、と背を向けたすぐりの背中には届かずに、私と彼の間のコンクリートにぼろりと落ちて行く。
「行くよ」
「……うん……」
おかしいな。さっきまで、あんなに私達は触れ合っていたのに。そう思って、目の前の大きな背中を見つめる。
手を伸ばせば届く距離だった。ゆるり、と腕を伸ばした。けれど、私の指先が、彼の皺ひとつない真っ白なワイシャツに届く事は無い。
今はただ、この数cmの距離ですら、心の傷に塩を塗る。痛かった。酷く、痛かった。
その痛みが、私に、想いを刻み込む。
数cmの距離を保ちながら、歩く。ムッとした夏の空気が私達を包む。茜色を宵闇の蒼が侵食し始めた空を見上げた。そこには、一番星が私を嘲笑うように光っていた。
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