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七月、祭り、気づき
第7話
しおりを挟むじっと涙が溢れ出しそうなまあるいその瞳を見つめる。
ああ、やめなければ。そうしなければ、彼女は、酷く傷ついてしまう。
そう思いながらも、止まらない。一度、不正解の快感を憶えてしまった私は、止まれない。
「……すぐりは、私がいてもいなくても、貴方を振ったわ」
自分の本音が脳裏で囁いてくる言葉が嫌いだった。その言葉を出せば、誰かがいつも傷つくのだ。
そうして、その姿を見た自分も、もれなく傷つく。自分が嫌になる。
ほら、今も。
マスカラで縁どられた睫毛に如何にか堰き止められていた彼女の涙は、ぼろぼろと頬へ落ちて、そうして、消えていく。その様子を見た自分の胸は、先ほどの彼女の言葉が与えた傷口の数倍大きな傷口をつくるのだ。
人と話すのは、嫌い。
本音を言う事も、嫌い。
正解以外の事をするのが怖い……嫌いなのだ。
「会長、サイアクー」
そう言ってギャルは、涙を拭っているゆーちゃんの頭をその手で撫でる。けれど、もう片方の手とその視線はスマホから放さなかった。
彼女たちの隙間にあるものは、何て薄っぺらい欺瞞だけで成り立っている関係なんだろう、と思った。
それでも彼女たちは、それを大事に抱きしめて生きている。
抱きしめる為に、生きている。
生きる為に、すぐりとの関係を抱き締めている私よりも、素敵だな、と思って、思った癖に悔しくなった。
「……生徒会長、」
涙でぐちゃぐちゃになったゆーちゃんは、もう一度その瞳で強く私を睨みつけて言う。
まるで、追い詰められたネズミが、猫を噛む様に、その口から最後の言葉の武器を出す。
「……すぐり君に、もう抱かれた?」
「え、」
私はその言葉と共に、驚いたように目を見開いたのだろう、ひん曲がっていた口角が、少しだけゆるりと弧を描く。
「……まだ、なんだ?」
そう言った彼女は、何処か優越感に浸る様に、ピストルから最後の銃弾を放つ。
「すぐり君、そう言う関係になったら、一番初めの日から、全員抱く人だよ。だから、アンタは、本当に遊ばれてるだけ。ご愁傷様」
ガン、と何かで殴られたような音がした。
耳がキーンと遠くなったようで、けれどいきなり喧騒が大きく鳴り響き始めたような気もした。心臓が行き成り爆発したように波打って、そうして、呼吸が荒くなった。
「いこ」
「じゃあね、会長」
浅い呼吸を如何にか繰り返す私を一瞥して、彼女たちはトイレから出て行った。ツインテールの彼女が放った言葉の弾丸は、私の胸に深く深く侵入して、そうして、真っ赤な血を噴出させる。
知らず知らずのうちに、世界が歪んでいた。ぼろり、と頬に降った。
あたかも傷口から迸る感情が、透明な血になって流れ出すように、溢れて、零れて、止まらない。
頭がついていかなかった。ただ冷静に、私はどうして泣いているのだろう、と思った。
泣く、という事。
それは、涙を流す、という事。
涙を流す行為は、身体の涙腺、という部分から零れ出た雫が瞼を通じて外に出る。
その涙腺は、3つの神経が支配している。
「感情が高まった時、その神経たちがそれぞれはたらくから、人間は涙を流す。嬉しい時や悲しい時は副交感神経が優位になり、水っぽい涙が出る。悔しかったり腹が立ったりすると交感神経が働いて、しょっぱい涙が出るんだ」と生物の先生は言った。
そっと、指を濡れた頬に滑らせた。
しっとりと湿った指。ぺろり、と舐めてみた。
己の舌に沁み込むその味に、ぎゅっと手のひらを握った。
ああ、如何して、何故、
こんなにも、――……。
蓋をした想いが、溢れた。
濁流の様に私を取り巻いて零れ出すその感情は、私を沈めて、そうして、溺れさせるほどに深かった。
彼は私の飼い主であり、創造主であり、そうして、不正解だった。不正解だから愉しいのだとそう思っていた。
けれど、それは私の勘違いだと、今、私の胸の傷がぱっくりとその口を開いて嘲笑う。この期間を思い返せと、そうせせら笑う。
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