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七月、祭り、気づき
第3話
しおりを挟むジワリと滲む汗、まだ熱エネルギーを与える夕陽、肩にかかった鞄の重さ、歩く度に揺れるプリーツスカート。
それらは全て、いつもと何ら変わりなかった。
けれど、道路の舗装されたコンクリートとローファーがぶつかって、カツンカツンと打楽器の様に音を立てる。耳に入って来るその音は、いつもと何処かが異なっていた。
分かりそうで分からない。悶々とする。
「……?」
「何、はぐ」
「……あ、」
じっと考えながら歩いていれば、不思議そうに直ぐ傍に居るすぐりが私を見降ろして問う。その低い声で、漸く答えに辿り着いた。
「どしたの」
「……すぐりと一緒に外歩くの初めてだわ」
校舎内で一緒に居ると、必ず視線が刺さっていた。だけど、今は、学校の中じゃなかった。
こんなにも目線を向けられずに歩けるとは思っても無かった。そう思えば、二人分響くローファーの音も、何だか嬉しい。
そこまで考えて、ハッとした。
これじゃあ、まるで、私がすぐりと一緒に隣を歩くことを望んでいたみたいじゃない。
隣を歩いている悪魔がそれに気がつかないはずが無い。私が見上げた刹那、にやっと笑い一歩前に出て、真っ赤に染まっているだろう私の顔を覗き込むように言葉を落とす。
「そう言えばそうかもね? 何、それずっと考えてたの?」
「……」
改めてそう問われると、一気に恥ずかしくなった。
咄嗟に俯こうとした。この悪魔と居ると、感情の振れ幅が一気に広がって私の心はついていくのが精一杯。だというのに、あろうことか、すぐりは私の顎をその指で固定して上を向かせた。
「可愛い、はぐ」
「っ」
そう言って、触れるだけのキスをする。
おかしい、この男。
「……ここは公共の場よ」
「真面目ちゃん」
「……っ」
私も、大概おかしい。
あんなに嫌だった人前でのキスに、こんなに興奮している。こんなに、胸が高鳴っている。1か月半前は、あんなに怖かったのに。あんなに、狂気を感じていたのに。
理由は明白。ぎゅっと唇を噛み締めた。
この想いに蓋をして、押さえつけて来たけれど、もう溢れそうで今度は鍵を付けて心のタンスの奥底に仕舞わなくてはいけないなと、無意識の領域でそう思った。
「はぐ、青だよ」
「あ、」
駅前の大きな道路をまたぐ信号。手首を掴まれたまま腕を引かれて、渡る。
ちかちか、と点滅する緑の閃光に二人で駆け足になる。ばたばたと連鎖する足音。ぎりぎりで渡り切った私達は、息を荒げて顔を見合わせて、そして、笑う。
脳裏に、しあわせ、の4文字が落ちて来た。まあるく落ちて来た言葉は、如何してか私の心臓に沁み込んで、そうして、拍動を促進する。身体中の血管に力強く血液を送り出す。回ったヘモグロビンは、意図せず、私の頬を恋の色に染め上げる。
「はぐ、真っ赤」
「っ、そんな事」
「あるよ?」
そう言って妖艶に微笑むすぐりは、未だ私の右腕を掴んで離さない。触れられているその場所にジワリと汗が滲む。心臓が忙しく動く。
その癖に、酸素の供給が間に合わない。胸がきゅう、と苦しくなって、そして、涙が滲みそうになる。
慌てて俯く。鞄の中から定期を取り出すふりをして、そっと深呼吸をした。
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