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七月、創造主、不正解
第2話
しおりを挟むその寝顔は、まるで天使の様だった。蜂蜜色の髪が、白い顔に影を落としている。
すぅっと通った鼻筋に、ぽってりとした紅い唇。桃の様な艶やかな頬は、紅を差したようにほんのりと朱に染まっている。
美しすぎて、息をする事すら憚られる様な気がした。最早、彼は、芸術品の類だった。
「んー……」
ハッとして少しだけ離れる。長い睫毛に縁どられた瞼が小さく震えて、うっすらとそのアッシュグレイを魅せる。夕陽に照らされたその姿が美しすぎて、思わず吐息が零れた。
「はぐ……? 今何時……?」
寝ていたからだろうか、いつもより少し掠れた低い声が、私の耳朶を揺らして、どくり、と心臓を拍動させる。
「さ、さっき下校時間のチャイムが鳴った……」
「ふぅん、そっか……」
そう言って彼は、再び夢の中に微睡んでいく。その綺麗な姿を見ていることしか出来ない私の前で、数分もしないうちにまた安らかな寝息を立て始める。
「え、ちょ……すぐり?」
もう帰らなくてはいけない時間なのに、如何すればいいのだろう。
途方に暮れたその時、耳朶を揺らすのはコンコン、と扉がノックされる音。僅かに隙間をあけて覗いてみればそこには顧問が立っていた。
「あ、やっぱりまだいたか」
「先生」
あれ、この人、こんなに普通の顔してたっけ。もっとイケメンだった気がするけれど。そんな事を思いながら眺めていれば、彼はそっと私に尋ねる。
「……電気ついていたから、覗きに来たけど……紅井くんは?」
「……寝てます」
先生が来てくれたなら、すぐりの事は先生に任せればよいか、と思った時、そのイケメン2回微分の先生は、信じられない言葉を零す。
「そっか……、じゃあ家に連絡入れとくから頼んだぞ」
「え、ちょ、……は?」
真意を聞くことが出来ないまま、彼は去っていく。
家に連絡? 誰の? 私の? 何で?
すぐりをどうすればいいの?
質問ばかりが回る私の頭に向かって、後ろからゆるりと声が飛んできた。
「はぐ、今日、うちに泊まりね」
「……は?」
本日二度目のハ行母音aの音を疑問符と共に零せば、寝起きの目を擦りながら、すぐりは言う。
「大丈夫、先生がちゃんと家に連絡してくれるから」
「何、……どういう事?」
「もー、はぐ、頭いいんだから自分で考えて」
再度尋ねてみたけれど、面倒くさそうにそう言って、勢いをつけてぽん、とソファから立ち上がる。先程まで寝ていたとは思えない俊敏な動きにある可能性が頭を過った。
「もしかして、すぐり、」
「ん?」
「……起きてた?」
「……んー? どうだろうねぇ」
欠伸交じりにそう言って、ぐぐっと伸びをするその顔を眺める。きゅっと上がった口角が、私の言葉が正しい事を教えてくれた。
海を旅する某一味の大嘘吐きもびっくりな大嘘。
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