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七月、創造主、不正解
第1話
しおりを挟むそれから何回か時計の針が回って、7月。
もう直ぐテストが始まるこの時期だれど、いつもの様に、すぐりより遅れて来た罰として唇を食べられて、身体を視姦された後、制服をきちんと着せられて、やっぱり私は彼にとっての着せ替え人形なんじゃないかと思いながら、机の上に無造作に置かれた紙の束に目をやった。
副会長の欄に「紅井すぐり」と書かれた投票用紙の分厚い束を見て思う。やっぱりこの世界の神様は酷く意地悪だ。
肩書や役職が嫌いで仕方ない私を知っていながら、私の生きている感覚を司る救世主という役目を与えた相手は、肩書だけで全てを手に入れて来た紅井すぐりだった。
「これで漸く、この部屋は俺たちだけのものになったね」
そうなのだ。この狂った男は、他の当選者たちをこの部屋に近づけないように、その肩書を駆使して新しい生徒会室を作ってしまった。
勿論役目の無くなったこの部屋は、すぐりと私の巣窟になった。
その巣窟で、私は毎日の様に、“生きている感覚”を刻んでもらっている。お蔭で、あの陰鬱な“死にたい”思いに駆られることは未だ無かった。
でも、時折思う。もしもすぐりが、私の事を手放したらどうなるのだろう、と。
その先は想像したことが無い。臆病者の私は、自分の心に嘘を吐いて、頭を過るその言葉から目を逸らして、一生懸命に誤魔化すのだ。
だから、どれだけ肩書が嫌いでも、私は、私と世界との境界を与えてくれるこの悪魔を手放すことはもう出来ないのだ、と思った。
遣る瀬無い想いに、ふぅ、と溜息を吐けば、目の前にいて嬉しそうに笑うすぐりが私の頭に手を伸ばして髪を梳く。
「はぐの髪、サラサラで気持ちいいね。シャンプーどれつかってるの」
「……え、市販のやつ……ドラックストアの」
「俺もそれにしよっかなぁ、帰り教えてよ」
サラッと重い台詞を吐いた彼にこくんと一つ頷いて、私は鞄から教科書と問題集、そしてルーズリーフを取り出す。
「え、はぐ、勉強するの?」
「テスト前だもの。貴方は勉強しないの」
「しないよ? だって詰まんないもん」
そう言ってすぐりは、教材を開く私の頭をもうひとつ撫でて、ソファに向かってぼすん、とダイブする。そのままスマートフォンを操作して、漫画を読み始めた。
いつもこうだった。遅れて来た罰だよ、といって彼は毎回同じルーティーン通りに私で遊んで、そして、その後は別に何をしていても構わないらしい。
私が生徒会の仕事をしたり、勉強をしている傍で、大体、誰かに運び込ませた豪奢なソファに寝転がってスマホを弄っている。その画面は漫画だったり、ゲームだったり、映画だったり様々だ。
不思議だ。まるでおとぎ話の中の王子様の様に、どんな格好をしていてもすぐりはいつも美しい。
そんな事を思って、儚くて何処か切ないビスクドールの様な横顔を横目で見ながらルーズリーフにシャーペンを走らせる。
カツ、という音と、問題集のページを捲る音だけがクーラーの作動音に溶けて正方形の部屋を満たす。
キーンコーンカーンコーン、と下校のチャイムが鳴る。
その音を皮切りにして、彼はソファから立ち上がって、ゆるり、と伸びをする――……筈だった。
「……?」
声がしないと思って、思わずソファの方を振り向いた。
「……すぐり?」
そっと呼びかけても、返事が無かった。音を立てないようにして彼の頭の方に回り込めば、すぐりは深い寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
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