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六月、世界との境界、選挙
第7話
しおりを挟む「はぐ天才、ドイツ語も出来るの? じゃあパンツは履いたままで許してあげるね」
そう言ってけらけらと笑いながら、溜息をついてネクタイに手を掛けた私をじっと見つめる。私の手がゆっくりと動いて、はらり、と音を立てて布が自由落下していく。
ネクタイ、プリーツスカート、ワイシャツ。そこまで床に落として、そっとすぐりを伺った。
じっと何も言わずに、私を見ている。視線が、私の身体の輪郭をなぞる。
「全部だけど? なんで途中で止まってるの?」
「っ、……それは、」
「Nein? じゃあ、はぐには新しい選択肢をあげる」
そう言って彼が言いだしたのは、全て、“肯定”を表す言葉達。
「……っ」
どれを選んでも、全部脱ぐ以外の選択肢は私に与えられてなかった。
無言でブラのホックに手を回す。ぱちん、と小さな破裂音と共に外れるそれ。ぱさり、と脱ぎ捨てた服の上に落下する。解放された胸が、呼吸をする度に小さく揺れる。
「隠したら駄目」
「っ、」
「駄目だって、聞こえないの? 気を付けして」
「……」
そっと胸元を隠していた腕を横に下ろす。露わになった胸に、すぐりは満足げに視線を走らせる。
視姦とはこういう事を言うのか。嫌なのに、恥ずかしくて仕方が無いのに、すぐりのアッシュグレイの視線が私の身体を撫でる度に、私は心の何処かで悦びを感じている。
今まで、この場所は、死んだ様にただ書類の整理をしたり、会議をしたりする場だった。
生きている実感が無かった。何かの役に立っている感覚もしなかった。ただ、ロボットの様に仕事をこなすだけだった。
けれど、そんな場所でこんな卑猥な事をしている自分がいる事に、背徳感と罪悪感と、そして、何故か愉悦の感覚があった。
酷く、生きている気分が、する。
「っ」
嫌なのに、身体の中心にずくり、と熱が灯る。いっその事、触って欲しい、とまで思ってしまってカァと頬に血が上った。
「変態は、はぐの方じゃない?」
けらけらと笑いながら、それでも私を目で犯し続ける彼。恥ずかしすぎて、脳みそが沸騰しそうだった。だから、血迷った。
「……すぐり」
「何、はぐ」
「……キス、して」
私はもう既に、パブロフの犬だった。おかしくなってしまった。見つめられるだけでは足りなかった。
生きている感覚が、ちゃんと欲しいのだ。如何しても。
私の言葉に、驚いたように目を瞬いたすぐりは、笑いながら、がたん、と音を立てて机の上から立ち上がる。そして、一歩ずつゆっくりと私に近づいてくる。
その指が、私の頬を優しく撫でて、そして、唇が近づいてくる。
「はぐみちゃんの、我儘」
そう言って、ニヒルに笑って、私の唇に噛みついた。
後はもう、窓を叩く雨の音と、柔らかな粘膜が重なり合う水音だけが正方形の部屋に響いていた。
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