6 / 90
六月、死にたい、出逢い
第5話
しおりを挟む最期にこんな幸せなドラマがみられてそれはそれで良かったのかも。
けれど、その物語は次に耳朶を揺らす声の輪郭で、不穏な空気を帯びた。
「あーあ、好きになっちゃったの? 悪い子だね?」
聴こえて来た言葉に、思わずふたりを盗み見る。そう言った彼は、一気にその顔から笑みを消し去った。
「もういらない。バイバイ」
そう言ってくるり、背を向けて歩いていく。
え、嘘。
呆然とするのは私だけでは無かったらしく、涙も零さずに女子生徒は固まっている。けれどその金縛りから抜け出したのは彼女のほうが早かった。
ぶわっと二重の瞳に涙を滲ませて、今にもドアノブに手を掛けそうな彼に走り寄って行く。
「なんで……っ、あんなに一緒に居たのに……っ」
「はぁ?」
「あんなにやさしくしてくれたじゃん……私の事要るって言ってよ……っ」
そう言いながら、その背に縋りついた小さな女の子。その男は、くるりと振り返って、チッと盛大な舌打ちを食らわせて拒絶する。酷く冷たい声色で、嫌悪の言葉を落とす。
「要らないって言ってんじゃん。何でついてくんの?」
「すぐり君……っ」
「もうその名前も呼ばないで。俺はもう、君にとってはただの紅井だから」
「……っ」
次々と攻撃する言葉の刃は彼女を切り刻んでいく。ボロボロになった女の子は、大粒の涙を零しながら走り去っていった。
残されたのは、空を見上げて溜息を零す彼と、のぞき見をする私。
完全に飛び降りるタイミングを失った私は、そっとその淵から視線を戻して、縁から足を下ろす。カツン、とローファーが高い音を立てた。
あ、と思った時には、その双眸に視線を絡め捕られていた。
「……誰? さっきからのぞき見してるよね」
息が止まった。火花が散ったかの様に、震えそうになった。
それ程に、雨に打たれて佇む彼が美しくて、何故かジワリと世界が歪んだ。
心臓が生きていることを主張するように鼓動を強める。
バシャ、と彼が水溜りを蹴って、こっちに足を進める。汚れた制服のズボン、そして、同じようにびしょ濡れの私の制服。水溜りから跳ねた雫が私達の制服を汚す。
それを見て、私も汚れてしまったら、世界が変わって見えるんじゃないか、そう思った。
思って、束の間。私は唇から言葉を吐き出していた。
「……私の事、汚してくれない?」
いつぶりだろうか、自分がしたい事を口にのせたのは。
「……何で?」
にやりと瞳を歪めながら、彼は首を傾げる。何処か興味を宿したその視線をじっと見据えた。
「生きてる感覚が欲しいから?」
疑問符付きでそう言えば、ぶはっと吹き出して、ゆるりと腕を伸ばす。ぐっと捕まったと思ったら、既に彼の腕の中だった。
「あ、俺知ってる、アンタ生徒会長だ」
そう呟いて、にまりと唇で弧を描く。雨に濡れててらてらと輝いたそれは、酷く妖艶だ。
「汚されるって、意味わかって言ってる?」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
隣の上梨さん
長谷川よすが
青春
晴れて高校生になった僕、阿瀬空心の隣に座るのは、誰もが目で追うような人間離れした容姿の美少女、上梨愛夢だった。開始早々冷たくあしらわれる阿瀬だったが、彼女のことをもっと知りたいという謎の執着心を原動力に、次第に距離を縮めていく。そして校外学習の日、阿瀬は上梨から、ある秘密を打ち明けられる。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

弁当 in the『マ゛ンバ』
とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました!
『マ゛ンバ』
それは一人の女子中学生に訪れた試練。
言葉の意味が分からない?
そうでしょうそうでしょう!
読んで下さい。
必ず納得させてみせます。
これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。
優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
学園制圧
月白由紀人
青春
高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる