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六月、死にたい、出逢い
第5話
しおりを挟む最期にこんな幸せなドラマがみられてそれはそれで良かったのかも。
けれど、その物語は次に耳朶を揺らす声の輪郭で、不穏な空気を帯びた。
「あーあ、好きになっちゃったの? 悪い子だね?」
聴こえて来た言葉に、思わずふたりを盗み見る。そう言った彼は、一気にその顔から笑みを消し去った。
「もういらない。バイバイ」
そう言ってくるり、背を向けて歩いていく。
え、嘘。
呆然とするのは私だけでは無かったらしく、涙も零さずに女子生徒は固まっている。けれどその金縛りから抜け出したのは彼女のほうが早かった。
ぶわっと二重の瞳に涙を滲ませて、今にもドアノブに手を掛けそうな彼に走り寄って行く。
「なんで……っ、あんなに一緒に居たのに……っ」
「はぁ?」
「あんなにやさしくしてくれたじゃん……私の事要るって言ってよ……っ」
そう言いながら、その背に縋りついた小さな女の子。その男は、くるりと振り返って、チッと盛大な舌打ちを食らわせて拒絶する。酷く冷たい声色で、嫌悪の言葉を落とす。
「要らないって言ってんじゃん。何でついてくんの?」
「すぐり君……っ」
「もうその名前も呼ばないで。俺はもう、君にとってはただの紅井だから」
「……っ」
次々と攻撃する言葉の刃は彼女を切り刻んでいく。ボロボロになった女の子は、大粒の涙を零しながら走り去っていった。
残されたのは、空を見上げて溜息を零す彼と、のぞき見をする私。
完全に飛び降りるタイミングを失った私は、そっとその淵から視線を戻して、縁から足を下ろす。カツン、とローファーが高い音を立てた。
あ、と思った時には、その双眸に視線を絡め捕られていた。
「……誰? さっきからのぞき見してるよね」
息が止まった。火花が散ったかの様に、震えそうになった。
それ程に、雨に打たれて佇む彼が美しくて、何故かジワリと世界が歪んだ。
心臓が生きていることを主張するように鼓動を強める。
バシャ、と彼が水溜りを蹴って、こっちに足を進める。汚れた制服のズボン、そして、同じようにびしょ濡れの私の制服。水溜りから跳ねた雫が私達の制服を汚す。
それを見て、私も汚れてしまったら、世界が変わって見えるんじゃないか、そう思った。
思って、束の間。私は唇から言葉を吐き出していた。
「……私の事、汚してくれない?」
いつぶりだろうか、自分がしたい事を口にのせたのは。
「……何で?」
にやりと瞳を歪めながら、彼は首を傾げる。何処か興味を宿したその視線をじっと見据えた。
「生きてる感覚が欲しいから?」
疑問符付きでそう言えば、ぶはっと吹き出して、ゆるりと腕を伸ばす。ぐっと捕まったと思ったら、既に彼の腕の中だった。
「あ、俺知ってる、アンタ生徒会長だ」
そう呟いて、にまりと唇で弧を描く。雨に濡れててらてらと輝いたそれは、酷く妖艶だ。
「汚されるって、意味わかって言ってる?」
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