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六月、死にたい、出逢い
第3話
しおりを挟むそれはある梅雨の日。
しとしとと細く雨が降っていた。けれど気温は高く、じっとりとした熱気が歩く私の足元に絡みつく。
いつもの様に授業を終えて、傘もささずに生徒会室に向かう私は、何度目か分からない溜息を零していた。
5階まであがる階段も、何だか息苦しい。如何にか一歩ずつ足を上げては下ろすことを繰り返して、漸く生徒会室に辿り着く。古ぼけた扉がバタンと閉まって、一般教室では使われなくなった少し古ぼけた机の上にどさっと鞄を投げつけるように置いた。
2年と3カ月、晴れの日も雨の日も一緒に通い続けた学生鞄は、酷く重かった。
その重さの元凶は、今日の帰りのSHRで返却された模試の結果だった。
「桑野」
担任が私を呼ぶ。立ち上がって結果を受け取りに行った。渡されるとき、担任ははち切れんばかりの笑顔で私に言う。
「W大学もK大学も、A判定だぞ」
渡された「3年A組13番 桑野はぐみ」とナンバリングされた、データの羅列を記したA4の紙。判定に目を滑らせれば、担任の言った通り、「A」の文字が至る所に踊っていた。
「流石、生徒会長、よくやったな。担任としても生徒会の顧問としても鼻が高いよ」
若くて爽やかイケメンで雑談が面白くて、女子生徒にも人気のある担任はその真っ白な歯を見せて笑う。その笑顔に、すぅっと褪めていく私がいた。
「ありがとうございます」
愛想笑いを唇に貼り付けて、そう答える。
「さすがだわ、桑野さん」
「敵わねぇな」
ぼそぼそと交わされる小さなクラスメイトの声に思う。当たり前だ。私がどれだけ勉強に時間をかけてきていると思っているのだろうか。
貴方達がゲームとかプリクラとカラオケとかタピオカとかSNSとかにかけてきている時間は、全部自分の将来の為に使っているのだから。
「はぁ」
鬱々としたこの気持ちは、生徒会室に来ても、じとじとと私を濡らして、そして乾く事は無い。
ここに来るまでに濡れてしまったスカートの裾はじっとりと重い。
鞄を置いた机の前の椅子に腰かけて、頬杖をついた。包まれた頬も、何処かべたついている気がした。そんな訳はないのに。
どんなに嫌でも、私にはもう勉強しかない。今更辞めるなんて出来ない。そんな勇気もやる気もない。だから、私はきっとこのままW大学かK大学に行くのだろう。
こうやって、今と変わらず毎日、満員電車に揺られて、そして、ドアの開閉音と共に吐き出される人ごみに紛れて、流されて。
きっと大手企業という平凡な会社に勤めて、そこで出逢った平凡な男の人と恋という名の喜劇を経験して、結婚して、セックスして、子どもを産んで、人並みに生きていくんだろう。
そこまで考えた。じっと、想像した。
そして、――……吐き気を覚えた。
私は何をする為に、何の為に、生きているんだろう。
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