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第7章 居場所
第8話
しおりを挟む呼吸をすれば、いつもの煙管のにおいが漂うあの人のとは違う香り。
そう思った途端、愕然とした。
“いつもと”違う、香りだなんて。
私は、それほどまでに彼に溺れているんだと。
否応なしに、気付かされたから。
誤魔化すように背に回す腕に力を込めた。
平ちゃんの肩に顔を埋めて、しがみついたままでいると。
「……璃桜」
突如、名を呼ばれた。
「璃桜」
「………っ」
真っ直ぐな、純粋な、その声色に余計に顔があげられなくなる。
「璃桜! 俺の顔見ろよ!」
その言葉と同時に、多少乱暴に力を加えられ、あげられた顔。
目が、合う。
亜麻色が、歪んでいた。
「……っ」
ごめん、なさい。
知っていた、平ちゃんが私のことを好きだって。
冗談だと、思ってた。
けれど。
その瞳を、辛そうに眇められた瞳を見たら、そんなことは欠片もないと。
漸く、理解した。
「へい、ちゃ…」
ぎゅ、と口を結んだ彼は、言いかけた私の腕を引き、近くの部屋に引っ張り込んだ。
襖をたんっと音をたてて閉めて、私に背を向けたまま、言葉を落とす。
「……俺だって、…………おれ、だって」
“璃桜のこと、本当に好きなんだ”
罪悪感と安堵感。
平ちゃんの気もちを軽々しく利用するようになってしまったこの状況と。
平ちゃんの気もちが私を認めてくれているという肯定感。
二つの感情が相まって……涙腺が、決壊した。
ごめんなさい。
ただただ、感情だけが先行して、言葉が出てこない。
「……」
黙ったままこちらを見つめる平ちゃんの目も、見上げることが出来ない。
じっとうつむいて、畳の目を数えるかのように下を見続けていた私に、痺れを切らしたのか、平ちゃんが口を開いた。
「………璃桜、あのさ」
「………っ、ごめん、なさい」
「いや、ぜんぜん謝る必要なんてないって。むしろ俺が……乱暴に引っ張ってきてごめんな」
そう言って、掴んでいた私の手首を心配げに見つめて。
どうしてそんなに、優しくなれるの。
また、泣きそうに瞼が震える。
「璃桜は、さ……」
「……へい、ちゃ…?」
いつもとおなじ、優しい瞳で。
貴方は、残酷な言葉を落とす。
「………土方さんのこと、好きなんだろう?」
「っ」
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