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第6章 泡沫
第25話
しおりを挟む「……あり、がとう」
いつもなら、意固地になって正直に言えないけれど。
そっと感謝の言葉を落として布団から出ると、厠へ向かった。
用を足して外に出て、部屋へ戻ろう、と思う。
けれど、行は気付かなかった縁側の明るさに、漸く目がいった。
「明るい………」
月明かりが、煌々と。
八木邸の、縁側を照らす。
その光に誘われるようにそっと縁側に腰掛ければ、中庭を照らす綺麗な月が見えた。
「…………」
そのまま、じっとただ光を見つめていれば、何日たったのかなんて全く分からないけれど。
数日前の自分の状況が、突然頭にフラッシュバックした。
“だからこうして、彼奴らの大事なお前を亡き者にしようとしているんではないか!!”
そう言った、殿内さんの言葉を思い出せば、血濡れたそうちゃんが、殿内さんに、謝るシーンが蘇った。
“もう少し、生かしておくつもりだった”
あれ?
…………ちょっと、待って。
「………っ」
その言葉に、違和感を覚える。
だって。
それは、殿内暗殺の予定が当初とは異なってしまった、ということでしょう?
異なった原因は、私が丁度中庭なんかにいたから。
けれど、日付的には、未来に伝わっている暗殺の日となんら変わりない。
ということは。
「………嘘」
気付かずうちに。
歴史の中に組み込まれている自分に、今、漸く気が付いた。
ごくり、と喉が鳴る。
その事実に、寒気が走った。
まるで。
私が幕末にタイムスリップしたからこそ、そうちゃんが人斬りになってしまったのではないかというように。
しなかったら、あるいは。
沖田総司は、人斬りにはならなかった?
私の知ってるそうちゃんは、確かに存在する。
けれど。
あの、沖田総司が彼だということも、また確かな事実。
ああ、私は、如何すればよいのだろう。
変わってゆく彼が、恐ろしい。
彼の冷たい琥珀色の瞳を、見たくない。
私の知っているままの、優しいそうちゃんでいてほしい。
そう、思ってしまうのは、駄目なことなのだろうか。
熱の引いた頭だからこそ、その気付きに至った。
そんなことに気付いてしまうなら、いっそ熱なんて、下がらなければよかったのに。
「…………私、何してるんだろ」
“この時代の人になるから”
そう言った、あの朝のことを思い出す。
あの時は、しっかり決意できたと思った。
壬生浪士組として、新撰組として、この時代で生きてゆけると思っていた。
だけど、そんなものは目の前の出来事に、そうちゃんの冷たい瞳に、一蹴されて消えていく。
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