ただ儚く君を想う 壱

桜樹璃音

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第5章 存在意義

第30話

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「………」


ゆっくりと立ち上がって無言のまま部屋をでた彼の背を、追わずにはいられなかった。


「そう、じ」


部屋に入りかけた彼のその名を、口にする。


「……璃桜?」


きょとんと首を傾げるその姿は、私の知っているそうちゃんそのままなのに。
どうしても、違和感をぬぐえない。


「……本当に、沖田総司……なんだね」


そう口に出せば、刹那。

ぐい、と手を引かれ、部屋に連れ込まれる。


「……っ」


そのまま、だんっと壁際に追い詰められた。

私の目線の先に、精悍な顎のラインと妖艶な唇が見えて。


「そ、う」

「嫌だ」


お互いの吐息が唇にかかる距離で。
貴方は、切なげに言葉を紡ぐ。


「……璃桜。やだ。総司って呼ばないで」

「……え?」

「これは俺の完全な我儘だけど、璃桜には呼んで欲しくない」


そう口にする彼の表情が、妖艶な色を帯びながらも、小さなときのそうちゃんの面影を覗かせて。


「そうちゃん……」


何時ものようにそう呼べば、安心したように、ぎゅっと抱きしめられた。


「………璃桜、心配しないで。俺は、大丈夫だから。人を斬るのだって、時期が早まっただけだし」

「うん……………」


困惑しながらも頷けば、安心しきったように私に体重をかけるそうちゃん。

私のために、人を斬る覚悟さえも決めてくれた、貴方。
こんな私でも、守ってくれるというのなら。

少しでも、負担を減らしてあげられるのなら。
お返しに、私は、何度だって、その背を抱き寄せる。


そう思って、そんな彼を慰めたくてそっと腕を回す。


「はぁ………」

「…………っ」


大きな溜息が、耳を掠める。

その憂いを帯びた音に、ぎゅっと心が掴まれた気がして、瞼を強く閉じる。

そんな私の頬を、己のものとそっくりなそうちゃんの髪が撫でていた。


「…………璃桜」


慈しむように耳元でそっと囁かれる、私の名に、どくりと心が一つ鳴る。

―――――兄妹の、はずなのに。
如何してか、包まれている男の人の香りに、鼓動が強く胸を打つ。


「………なぁに?」

「………約束して。絶対に、危ないことはしないって」

「………うん」


約束だって、何だって。

そうちゃんが頼むなら私は、何でもする。

私だって、守ってもらうばかりではなく、貴方のことを、少しでも守りたいと思うから。


「良かった」


そう言って、にっこりとほほ笑む貴方と。
貴方に与えられる、優しい温もりに。

先ほどの恐ろしい会話など消えてしまったような錯覚を覚えて。
気が付けば、同じように笑みを零していた。


けれど。


時代は、容赦なく。
私を、彼らを、自身の渦に巻き込んでゆく。


そうちゃんの後ろに見える、縁側からの青い空の向こう側で。

まだ、始まったばかりの動乱が、徐々に、その手を此方に伸ばしてくるような。

――――――そんな、気配がした。



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