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第5章 存在意義
第13話
しおりを挟むどのくらい、じっとその場にたたずんでいたのだろうか。
廊下とつながっている端の方では、お膳を取りに来た人たちががやがやと話してはお膳を持って、去っていくことを繰り返していたけれど。
私の耳には、喧騒も何も入らなかった。
“俺が、困んだよ”
頭に響くのは、その言葉だけ。
それほどまでに、さっきの言葉に、動揺している自分がいることを思い知らされた。
「お、璃桜、まだ此処にいたのか。遅いから、やっぱり手伝おうと思って……って、どうしたんだよ、その指!」
様子を見に来た平ちゃんの声に、漸くはっと我に返る。
「あ、切っちゃって。でも、もう大丈夫だよ」
「切ったって……包丁でか?」
漬物も包丁も、そのままにしてあるまな板の上に、じわりと滲む赤い血に、何が起きたのか理解したように目を瞬く平ちゃん。
「あ、漬物、駄目にしちゃった………ごめんね、平ちゃん」
「いや、璃桜が平気なら別に俺は全然いいんだけどよ、大分深く切っただろ」
「あー、うん。わりとざっくり」
そう答えれば、気を付けろよ、そう言葉を落として、ひょいと私の分までお膳を持ち上げてくれた。
「行くか」
「うん」
歩き出した平ちゃんの背を追って、私も歩き出す。
綺麗に磨かれた床が、歩くたびに、きゅっきゅっと音をたてた。
「それ、どうしたんだよ、その布」
「あ、これ? ……丁度来た歳三に、やってもらった」
よくわからない言葉を落としていったけれど。
うん、あれは、そんな深い意味なんてないんだ。
あるわけ、ないんだから。
「はぁ……」
知らず知らずのうちに、溜息が零れる。
「璃桜……? おい、ほんとに大丈夫かよ」
「あ、うん、ごめん」
歳三に応急手当てしてもらった指を無意識のうちにぎゅっと押さえ、広間の敷居を跨ぐ。
「璃桜、こっちこっち」
きょろきょろとあたりを見回せば、ひょいと手を上げて、そうちゃんが私のことを呼んでくれた。
何だか、大学の学食を思い出して、くすりと笑いが零れた。
平ちゃんと共に、そうちゃんの所に向かう。
けれど、勿論その隣には、歳三が胡坐をかいて座っているわけで。
微妙に、顔を背けながらそうちゃんの隣に座る。
「おい総司。俺のことは呼んでくれねぇのかよ」
「何で平助を呼ぶ必要があるの」
「酷いだろそれは!」
「別に」
もくもくと白米を口に運ぶそうちゃんと、文句を垂れながらおかずをつつく平ちゃんに挟まれて、私も自分のお箸を取った。
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