60 / 161
第4章 試験
第17話
しおりを挟む「……朝っぱらから随分と楽しそうだな、土方」
そんなことをもんもんと考えていれば、突然、稽古場の入り口から野太い声が聞こえた。
吃驚して振り向けば、大きな人が入口をふさぐようにして立っていた。
頬は赤く、足元はふら付いている。
けれど、その濁ったような瞳からの視線は、じっと私に注がれていて。
「……漸くお帰りですか、芹沢局長」
歳三の面倒くさそうな言葉に、はっとした。
この人が、芹沢鴨。
壬生浪士組、筆頭局長。
一体いつから見ていたのだろうか。
「お前は、誰だ」
「あ、わ、私は」
言いかけた私の言葉を遮るように、すっと私の前に歳三が立つ。
くすんだ色の瞳から、目を逸らすことができて何故だかものすごくほっとした。
「芹沢局長。後ほど、御挨拶に伺いますので、それまでお部屋でお待ちいただけますか」
歳三の鋭い光を放つ漆黒の瞳が、濁った瞳と相対していて。
数秒間、沈黙がその場を支配する。
「……ふん、馬鹿らしい」
ふっと視線を外し、鼻で笑った芹沢さんは、酒に嗄れただみ声で言った。
「新見、平間、行くぞ」
後ろにいたのだろうか、水戸からの仲間であろう二人に声をかけてその場をふら付きながら去って行った。
「………っ」
それだけで、淀んでいた空気が少しだけ晴れたような気がして、自然と詰めていた息を漸くはきだした。
へなへなと腰が抜けて、その場にへたり込む。
それほどまでに、芹沢鴨という男は、その巨体から何か得体のしれない欲望が滲み出ている男だった。
初めてあった人に、そこまでの感情を持つ自分をどうかと思う。
生理的に無理、と言うやつかもしれない。
腰に力が入らなくて、そのままへたり込んでいた私に声がかかった。
「璃桜、大丈夫か」
「え、あ、ちょっと吃驚しただけ……」
「そうか……」
その声に、顔を上げれば、濃紺の着流しで懐手をした歳三がじっと此方を見ていた。
「………何?」
尋ね返して、そして思う。
……なんて、粋な人。
艶やかな黒髪を一つに纏め、ただその場に突っ立っているだけなのに、その姿はどこか洗練されて、野暮ったさなど一つもない。
役者絵から抜け出たよう、なんて、昔の人もうまく例えたもんだ。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる