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犬、やめました。

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「爺ちゃんに決まってんだろ。まさか、親父は聞いてないのか?俺はてっきり……」
「あの人は……そんな事言うような人では無い。どう考えても彰の聞き間違いだろう」

「かなりボケてはいてたけど、聞き間違いなんかじゃない」


…………

……

爺ちゃんはガンの末期で、もう手のほどこしようがなく、昨日退院して家に戻ったらしい。


じいちゃんの世話役が爺ちゃんの部屋の大きなふすまを開けた途端、畳の香りと爺ちゃんの香りと、沢山の花の香りが鼻をかすめた。

世話役に連れられて奥の部屋に進むと、その香りはさらに濃くなり、小上がりになった畳の上に敷かれた布団が見えて来てた。

沢山の見舞いの花が飾られているせいか、そこはまるで植物園のような匂いがした。

そんな場所で布団から顔を出して横になってぼんやり外の景色を眺めているのは、俺の爺ちゃん。

「彰お坊ちゃまがお見舞いに来ました」
世話役が大きな声で言うと、爺ちゃんがゆっくりとこっちに振り返った。

この時の爺ちゃんは、数ヶ月前に見た時よりもひと回りもふた回りも小さく見えた。

アメリカのハイスクールに通う俺は、爺ちゃんとは年二回くらいしか顔を合わさない。

「爺ちゃん。久しぶり。退院したって聞いてアメリカから飛んできたよ」

「あぁ……。いつき、来てくれたのか」


「爺ちゃん、また間違えてる。俺だよ、彰だよ」
ここ1、2年で急にボケが進行して、爺ちゃんはいつも俺と親父を間違える。

「樹……」
いつもなら『ああ、彰だったな』って言うのに、今回ばかりは言わない。
自分を認識してくれない事に小さな淋しさを感じながらも、再び間違いを指摘する。

「だから俺は孫の彰……ああ、耳も遠くなったんだっけな……」
俺の言葉は届かないのか、もしくは届ているかもしれないけど、もう理解出来ないのか……。

腰を上げ、おぼろげな様子の爺ちゃんの耳元で話そうと近付いた時、爺ちゃんがポツリと後悔の念を含んだ言葉を呟いた。

「樹。悪かったなぁ……」
そう言うと、静かに眉を下げて俺を見る。

「……この家に生まれて来なければ、もっと幸せな人生を歩めただろうに。
香織さんにも……悪いことをした。
樹は、本当は家族で仲良く共に暮らしたかっただろう」

「香織さん……?」
家族と共に暮らしたかった?
なんだそれは。


いつき……。お前はワシをうらんでいるか?」
恨む?親父が爺ちゃんに?
さっきからなんの話だかサッパリ分からない。

「恨んで当然だ。ワシはお前にそれだけの事をして来たんだからな」
爺ちゃんが親父に……恨まれるような事をして来たのか?
それは何だ?
この話は、俺が聞いたらいけないような話なんじゃないか。

そんな思いがぎった時、俺の手を握ってきた。

その手は骨ばっていて、俺の知ってる爺ちゃんの手とは似ても似つかない。
手も温かくなくて、その事に不安を感じた。

「今更こんな事を言うのは都合がいいだろうなぁ……。でも、言わせてくれないか」
その言葉に静かにうなずく。
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